人権侵害の温床と指摘されてきた外国人技能実習に代わる新たな制度「育成就労」の創設に向け、政府は15日に関連法の改正案を閣議決定した。就労環境の改善によって外国人の労働力を確保する狙いだが、道内では外国人が安全面の配慮が乏しい職場で重傷を負ったり、正当な賃金を支払われなかったりする法令違反が後を絶たない。外国人への不当な扱いは、新制度下で本当に解消されるのか。
 「お金がなく、死にそうだ」。道内の牧場で技能実習に励んでいた20代のベトナム人男性は昨秋、札幌の外国人支援団体に切迫した様子で助けを求めた。
 男性は牧場主から暴力を受けた上に解雇され、労働基準法が定める解雇予告手当も支払われなかった。牧場主の都合による解雇なのに自己都合退職にされたとみられる。
■違反率7割台
 技能実習生が働く事業所ではこうした悪質な事案が絶えない。労働局は2022年に480事業所を対象に監督指導を実施し、10年前の3・8倍に当たる過去最多の349事業所で法令違反を確認した。監督指導を実施した事業所に占める違反の割合を示す「違反率」は72・7%だった。
 違反率は最も高かった16年の85・8%を除き、例年70%台で高止まりしている。労働局の担当者は「監督指導の対象外の事業所も多く、違反の全体像は把握できていない」と話す。
 労働局の監督指導で最も多く確認されているのは、十分な安全措置を講じないまま機械を使用させるなどの労働安全衛生法違反だ。
 道南で技能実習生として働くインドネシア出身の20代男性は21年2月、ホタテ養殖施設の保守作業で漁船に乗った際に事故に遭った。養殖施設のロープの巻き上げに使う漁船上の機械に左腕が巻き込まれ、骨を折る重傷を負った。
 国土交通省運輸安全委員会の事故調査報告書によると、船長が機械作業の危険性を乗組員に十分認識させていなかったという。
 残業代を適正に支給しないなどの賃金に関する違反も繰り返されている。過去には80時間以上の時間外労働や休日労働をさせていたにもかかわらず、割増賃金の算定時間数を少なく計算していた食品製造の事業所もあった。
 日本の技能実習制度下で過酷な労働や低賃金は常態化している。職場の変更が原則認められず、外国人の失踪も相次いでいることから、国際社会からは「奴隷制度」との批判を浴びる。


■転籍になお壁
 政府が新たに導入する方針の育成就労制度はこうした現状を踏まえ、同じ業務分野で職場を変える「転籍」を容易にすることを柱に据える。
 ただ外国人の支援に取り組むカトリック札幌司教区難民移住移動者委員会(札幌)の西千津さん(59)は「育成就労は技能実習より転籍が容易になるというが、外国人にとって手続き自体が煩雑で難しいことは変わらない」と指摘する。
 育成就労は外国人の在留期間を基本的に3年間と定める一方、当面の間は就労開始から最長2年の範囲で転籍を制限できることも掲げる。
 地方から賃金の高い都市部に人材が流出するとの懸念に配慮した措置だが、仮に外国人が2年の就労を経て転籍を希望しても、残りの在留期間が短く、語学や技能の習熟度が低ければ事業者が受け入れを敬遠する可能性がある。
 それだけに西さんは「本当に転籍が容易になるのか疑問が残る」と指摘。外国人の相談、支援に当たる札幌地域労組の三苫文靖書記長(47)も「労働力確保のための議論に終始せず、表に出にくい不当な扱いを防ぐ手だてをまずは考えるべきだ」と訴える。
 外国人の権利保障と人権擁護に重きを置く育成就労に実効性を持たせるには、事業者側の意識改革も不可欠となる。実習生に事業者を仲介する道内の監理団体関係者は「新制度導入に合わせ、事業者は外国人との共生や待遇改善について改めて真剣に考える必要がある」と話している。

不当な扱いを受けた外国人の相談に応じる札幌地域労組の三苫文靖さん。道内の事業所では法令違反が絶えない=15日、札幌市北区の札幌地域労組事務所

2024年3月15日 23:50(3月16日 0:38更新)北海道新聞どうしん電子版より転載