LGBTQなど性的少数者のカップルを公的に認める「パートナーシップ制度」を導入する動きが、北海道の自治体に広がっている。今年2月末現在で札幌や帯広、苫小牧など11市7町で導入されている。ただ、国が同性婚を認めない中、同性カップルが得られる権利はなお限定的なのが現実だ。それでも、苫小牧市内在住の戸籍上は女性同士のあるカップルは、昨年1月にパートナーの関係を宣誓した後に「私たちは家族だ」と胸を張れるようになったと話す。愛を誓い合った2人が今、願っていることとはー(苫小牧報道部 小野聡子)
苫小牧市在住の病院事務員の関美緒さん(45)と美容師の五十嵐正美さん(39)は、市が制度を導入した2日後の昨年1月6日に宣誓の手続きをした。せっかくなら市内第1号になりたかったが、仕事の都合で第2号になった。「胸を張って周囲に『パートナー、家族なんです』と言えるようになった」と美緒さんは話す。
 パートナーシップ制度 一方または双方が性的少数者のカップルを婚姻相当と自治体が公的に認める制度だ。公営住宅入居や生命保険金の受け取りなど、行政・民間の手続きの一部で家族と同等とみなされる。2015年に東京都の渋谷区と世田谷区が始めた。北海道では17年に札幌市が初めて導入した。都道府県では、大阪府や青森県などでの導入例もあるが、北海道は導入していない。北海道外ではパートナーの子も家族とみなすファミリーシップ制度もある。
 苫小牧市では2月29日時点で7組がパートナーの関係を宣誓した。美緒さんと正美さんが宣誓を希望した背景には、あるつらい経験がある。
■家族と認めてもらえず
 2022年2月。苫小牧では珍しいほどの大雪の日、市内の病院で闘病中だった正美さんの母親の容体が急変した。新型コロナウイルス感染拡大により面会が制限された院内で、駆け付けた美緒さんに看護師は言った。
 「身内じゃない人は入れません。お友達は部屋の外にいてください」。
 母親は一人娘の正美さんに、美緒さんという新しい彼女ができたのを心から喜んでくれていた。それなのに、「義理の娘」になる美緒さんが病室に入れないまま、正美さんのそばで息を引き取った。美緒さんは愛する人に最も寄り添ってあげたい時に家族としてそばにいられず、「もし、私たちの関係性が認められていたなら」と今も悔やむ。
 2人が宣誓した背景には「どちらかが倒れた時、付き添いや治療への同意がすぐできるように」との思いも強くあった。市立病院や市消防本部によると、市がパートナーシップ制度を導入した現在は、病状説明への立ち会いや、保険金の手続きに必要な救急搬送の証明書の申請などで、パートナーに家族と同等の対応をする。正美さんの母親が入院していた病院は「(パートナーに)配慮ある対応を職員に促している」と説明する。

美緒さんの性自認は女性で、男女両方を恋愛対象と感じる。男性との交際経験もある。見た目が男性的な正美さんといると異性カップルのように見られるため、宣誓前はあえて「戸籍上は女性同士」であると明かさなかった。一方、説明が必要になった場面では、理解されるかどうか不安で、気後れも感じないわけではなかった。
 信頼できる人に宣誓したことを打ち明けたときに気付いた。「周りは、意外とすんなり受け止めてくれる。『分かってもらえないかも』と気にしていたのは、むしろ自分たちの方だったかもしれない」

 宣誓による気持ちの面でのメリットについて話す美緒さん

 

正美さんは2022年12月に市内泉町で美容院「ビハーラ」を開業した。これまで心と体の性の不一致を自ら口にすることはなかった。宣誓してからは、性的少数者への偏見や差別に対する不安が、徐々に薄れていったという。「美緒が店にいても関係を隠さなくなったし、むしろこれからは積極的に表に出していこうという気持ちさえある」
 もともと多様な人を迎え入れるバリアフリーな美容院にしようと考えていた正美さん。「ツーブロックにしたい女性も、ロングヘアにしたい男性も、目が見えない人も、車いすの人も」。だから名刺には、性的少数者の誇りと多様性の象徴である虹をあしらった。
■あなたはそのままでいい
 正美さんは「男になって女性と結婚できたら、どんなに楽かと思っていた」と話す。20代のころ、当時付き合っていた女性から「子どもがほしい」と泣かれ、別れた経験がある。つらくて死にたいとさえ思った。
 自分の好きな服を着たい。女性の装いをしたくない。胸なんて要らない―。女性の体に違和感を覚え始めた中学生ごろから、そう思って生きてきた。スカートを履かずに済むよう、私服の高校を選んだ。性別適合手術も脳裏をよぎったが、自分の体にメスを入れる勇気まではなかった。そんな正美さんに「あなたはそのままでいい」と言ってくれたのが美緒さんだった。

宣誓後、性的少数者への差別に対する不安が徐々に薄れたという正美さん

2人は2016年の夏に出会った。札幌のバーで、互いを一目見て気に入った。
 雨のススキノを行き交う人たちを窓から眺めながら、正美さんはいろいろな話をした。仕事のこと、家族のこと、恋愛のこと、実家には猫がたくさんいること。いずれ一緒になる人とは故郷の苫小牧で暮らしたいとの思いも。
 釧路市出身で当時は札幌で働いていた美緒さんは、いつしか、正美さんを女性と知った上で、共に過ごす未来を思い描くようになった。次は将来を見据えた真剣な交際しかしないつもりだと伝えると、正美さんがつぶやいた。
 「じゃあ、結婚しようか」
 美緒さんが答えた。
 「うん、いいよ」
 正美さんが驚いて聞き返す。
 「え、いいの?」
 出会ったその日のプロポーズから3カ月後、2人は正美さんが暮らす苫小牧の家で一緒に生活し始めた。
 2人は「新婚生活」で、さまざまな課題に直面してきた。

出会ったころの2人=2017年9月

■紙1枚で認められるのに
 自宅を新築した際にも大きな壁が立ちふさがった。苫小牧市より6年早い2017年にパートナーシップ制度を導入した札幌市なら、夫婦の収入を合算して借入額を増やせるペアローンを、同性のカップルでも組めると知った。しかし、当時の苫小牧では通用しなかった。
 ペアローンは魅力的だった。それでも2人は苫小牧での暮らしを望んだ。家と土地の名義を別々にするかなど悩んだ末に、どちらも正美さん名義でローンを組んで建てることに決めた。
 自宅は2021年に完成した。ただ、パートナーシップ制度ができた今も、法律上の「配偶者」ではない美緒さんは、特別な手続きなしに家を相続できない。正美さんに万一の事態が起きても美緒さんが住み続けられるよう、宣誓の証明を示して公正証書の作成を弁護士に依頼する方法も検討している。
 美緒さんは「男女の夫婦なら結婚届の紙1枚あれば認められるものに、私たちは何かと労力やお金がかかるんです」。税金の配偶者控除や遺族年金受給など、労力とお金をかけても得られない夫婦としての当然の権利は、まだたくさんある。

正美さんの美容室で談笑する2人

2人がパートナーシップ宣誓をした2023年、性的マイノリティーを巡る判決が大きな注目を集めた。
 7月、戸籍上男性だが女性として働く経済産業省職員の女性トイレ使用を制限するのは「違法」とする画期的な判決を、最高裁が言い渡した。
 10月には、心と体の性が一致しない人が戸籍上の性別を変えるためには生殖能力をなくす手術を事実上求める性同一性障害特例法の規定(生殖能力要件)について最高裁が違憲、無効とする決定を出した。
 一方、元道職員が同性パートナーとの扶養関係の認定を求めた訴訟では、9月に札幌地裁が「民法が定める婚姻は異性間に限られる」として請求を棄却した。
■ありのままに受け止めて
 美緒さんは「当事者は特別な権利なんて何一つ求めていない。みんなと同じ当たり前の権利を認めてもらいたいだけ」と力を込める。
 もし、あなたの周りにも当事者がいたら、どうかありのまま受け止めてあげてほしい―。2人はそう願っている。そうした職場や学校や社会になれば、性的少数者に限らず、さまざまなマイノリティーや生きづらさを抱えた人たちも暮らしやすくなるはずだと考えるからだ。
 同性同士が結婚できないのは憲法に違反するとして、道内の同性カップル3組が国に損害賠償を求めた札幌高裁控訴審の判決が3月14日に言い渡される。美緒さんと正美さんも、2019年の提訴段階から計3回、裁判を傍聴してきた。
 昨年10月の意見陳述で原告の1人が、病院で亡くなった自身の父親にパートナーが面会できるか不安だったと語った。美緒さんは共感のあまり、涙がぼろぼろとあふれて止まらなかったという。
 LGBTQの権利拡大が国際社会の潮流となっており、先進7カ国(G7)加盟国で唯一、日本では同性婚が認められていない。一方で、国民の7割超が同性婚に理解と賛意を示した世論調査結果もある。国が、同性婚を法的に認めたなら結婚するか。美緒さんと正美さんに聞くと、すぐに答えが返ってきた。「もちろん。社会の多様性に、国は早く追いついてほしい」

2024年3月8日 14:00(3月9日 1:13更新)北海道新聞どうしん電子版より転載