強度行動障害 (2) 暮らしを支える支援や施設、グループホーム - 記事 | NHK ハートネット

自分自身や相手を傷つけてしまったり、物を壊してしまったりする「強度行動障害」の人たち。対応の難しさに悩む支援者も少なくありません。そうしたなか、本人にとってより良い環境を調整することで落ち着きを見せる当事者もいます。先進的な福祉施設で行われている支援のあり方を深掘りし、より豊かに暮らしていくために必要なことを考えます。

 

試行錯誤するグループホーム

自分自身や相手を傷つけてしまう、物を壊してしまうなどの「強度行動障害」がある人たち。

全国に延べ7万8000人いるとみられ、本人や家族が苦しい状況に置かれることも多くあります。また、対応の難しさから、悩みを深める支援者もいます。

知的障害や自閉症のある人たちが暮らす、佐賀市のグループホーム「コンフォートながせ」では、利用者11人のうち、6人に強度行動障害があります。

そのうちのひとり、岑 寛樹(みね・ひろき)さん(30)は目を叩く自傷行為が止まらず、2023年のはじめ、視力を失いました。食事では、つきっきりの介助が必要な状態です。

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岑 寛樹さん 介助を受けながら食事をしている

このグループホームが設立されたのは2017年。もともと障害のある人の通所施設を運営していた社会福祉法人が、保護者からの強い要望もあって、強度行動障害のある人を受け入れる方針で立ち上げました。当初、強度行動障害のある人は8人でした。しかし、その支援は試行錯誤の連続だったと、スタッフの上田諭(うえだ・さとし)さんが振り返ります。

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上田諭さん

「当時、基礎的な知識も含めて、(強度行動障害を)実際に目の当たりにしてからスタートだったので、(支援の)経験が足りなかった。例えば、消灯になった後の岑さんですけど、大きな声で泣きながら床に転がりドンドンして、自傷行為が始まることが1時間くらい続くのが連日あった時期があった。このときは隣の部屋の方もうるさくて不調になったり・・・。何とかこの行動を止めなきゃとなったけど、何をどうしていいか分からない」(上田さん)

目がまだ見えていたころの岑さんの様子が動画で残っています。突然始まる激しい行動。その原因を突き止めることは容易ではありませんでした。

画像(消灯後、声をあげる岑さんの様子)

ほかにも、物を破壊してしまう利用者がいて、対応に追われることも。

「きっかけは、何かイラッとしたり伝えたいことだったり。それでスタッフが何秒かですぐ来てくれないとか、もっと強く発信しないと来てくれないとなったときに、ドアを叩くだけではない表現になったりする。それが同時に複数件起こったときに、誰から対応しようとしているうちに後手に回った利用者がいて、だんだん後手に回った方の行動が大きくなっていった。(スタッフを)常時複数名を配置するほどの人員だったり、余裕はない。何もないことを祈っていた。祈ること自体すごくストレスの高い現場でした」(上田さん)

さらに突進や頭突きなどの行為で、スタッフに危険が及ぶこともありました。現場の負担が増す中、スタッフが相次いで退職。相談し合う余裕もなくなり、支援はさらに回らなくなりました。

そのため、理事長の福島龍三郎さんは苦渋の決断を迫られます。一部の利用者に、精神科病院へ入院してもらったのです。

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社会福祉法人はる 理事長 福島龍三郎さん

「(利用者)本人の行動が激しくなり、そういう方たちが複数いると、スタッフもどんどん疲弊していきました。このままでは続けていくこともできない状況があったので、(利用者)8名の中の…(声を詰まらせる)、2人には私たちの方からお願いして、退去していただいた。そのときは苦しかったですね。本人からすると、理由も分からずまた生活する環境が変わるし、家族の方たちはやっとグループホームに入れたと安心されていたところ、私たちから退去をお願いすることになった」(福島さん)

残った人たちへの支援を続けるためにはどうすればいいのか。一人ひとりの特性に合った対応を実現するため、職員同士のミーティングや、支援記録の分析を改めて徹底することにしました。

スタッフと接するときに、物を投げてしまうなどの行動があった男性には、食事をスタッフが直接渡すのではなく、指定の場所に置いて渡すことに。

男性の時間へのこだわりをいかし、お互いの負担を減らすことに成功しました。

画像(スタッフが食事を置く様子)

「時間通りにしっかり守られる方なので、『提示した時間に(配膳を)取ってください』とお伝えして、数分前に(配膳)場所にセットすることで(利用者が)自分で取ることができる」(スタッフ)

さらに、月に一回、外部の専門家を招き、支援方法について相談できる機会を新たに設けています。

画像(打ち合わせの様子)

スタッフ:ズボンを下げる(行為)。帰ってきて送迎車から降りてすぐとか、朝、送迎車に乗るのに玄関出てすぐとか、ちょっと出すのが増えていて…

専門家:“やりとり遊び”だと思う。(ズボンを下ろすことで)言ってほしい言葉を言ってもらおうとしている。“スルー(無視)する”という対応策が今のところうまくいっていないみたいだから、何かしら対策しないと、本人がたぶん誤学習し始めていると思う。

こうした取り組みに理事長の福島さんも期待を寄せます。

「スタッフからすると、自分たちだけで抱え込むのではなく、相談できる人とか場があるのは安心感につながっていると思います。僕たちが苦しんだのは、『自分たちで何とかしなきゃいけない』という思いが強くて、その思いだけでは支え続けることができないと身を持って経験しました」(福島さん)

他にも、県内の医療機関や他事業所との連携を深めながら、スタッフたちは支援を立て直す取り組みを続けてきました。そのなかで、本人が分かりやすい視覚的なやりとりをさらに工夫したり、他の利用者との接触が刺激になる人が、落ち着いて過ごせるよう、室内の導線を工夫するなど、新たなアイデアが出てくるようになりました。
一つひとつの取り組みから支援が上手くいくようになり、徐々に落ち着いてきたグループホームでの生活。支援者の模索は続きます。

画像(笑顔を見せる利用者たちとスタッフ)

課題を解決するためにできること

試行錯誤しながら支援を続けるグループホーム。強度行動障害のある子どもを持ち、家族会で活動する小島幸子さんは、スタッフの苦労を気遣います。

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全国手をつなぐ育成会連合会副会長 小島幸子さん

「本当に切ないですよね。私たち親が思っているよりも、現場は大変なことになっていると思いました。でも、グループホームや入所施設に子どもが入ったからといって、決して安心はしてないんです。いつ何かトラブルで呼ばれるかもしれないし、いつ出されるかもしれない。そういうことにビクビクしながら暮らしている。何か対策を考えないと」(小島さん)

現場での課題を解決するために、国もさまざまな対策を検討しています。

ひとつは報酬について。施設の中で専門的な知識のある人材を配置した場合に、報酬を加算して支援を強化するとしています。

また、来年度から高い専門性で地域を支援する「広域的支援人材」という人材を育成し、各都道府県に配置することを目指す方針を示しました。

画像(強度行動障害に対する新たな支援策)

鳥取大学大学院教授で、強度行動障害のある人の支援に詳しい井上雅彦さんは、さらに一歩進めた支援が必要だと考えます。

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鳥取大学大学院教授 井上雅彦さん

「強度行動障害というと、行動障害の部分を収めればいいと、支援のゴールがそこになってしまうんです。本人の生活の質も高められる、本人の自己決定がうまく地域社会の中で実現できる支援まで持っていくことが必要になると思います」(井上さん)

福祉施設の先進的な取り組み

札幌市郊外にある入所施設、札幌市自閉症者自立支援センター「ゆい」では、31人の利用者全員に行動障害があります。ここでは地域のグループホームなどで暮らすことを目指し、自立に向けたトレーニングをおこなっています。

一人ひとりが暮らす部屋にも工夫が施され、好きなものを飾って居心地の良い空間にすることでストレスを減らしています。

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好きなものが置かれた利用者のベッドの上

1日のスケジュールも個別に配慮して、洗顔、食事など、分かりやすいイラストを使って本人の理解度や特性に合わせた伝え方をしています。

画像(利用者のスケジュール表)

先の見通しを持てないと不安になってしまう男性は、その日の予定を細かく決めておくことで、何をすべきか迷うことなく過ごせるようになりました。また、さまざまな作業に取り組むことで、1人でできることも広がっています。

この日おこなわれていたのは、事前に決めていたスケジュールをあえて変更するという訓練。今後、生活する中で起きる急な予定変更にも対応できるようにするためです。

画像(スケジュール表に変更を加えるスタッフ)

「変更が苦手なので、できるだけ変更がない環境を設定するのが第一。その中でも(変更が)必要になる場面がある。最近だとコロナ禍で外出の予定が変わったり、人によっては帰省の予定が変わったり、どうしても変更を伝えざるを得ない状況が出てくる。そういったときにどのように対応するのか、支援として探っている」(スタッフ)
(注:この訓練は、変更があることを利用者に事前に告知したうえでおこなわれ、抜き打ちで実施されるものではありません。また、本人が苦手な作業ばかりを強いるのではなく、楽しみな予定も取り入れるなど、変更の内容にも配慮されています)

さらに、この施設を運営する法人では、地域に出た後も、本人に合わせた支援を継続。日中の活動の場や暮らしの場など、生活を支える仕組みを作っています。

画像(入所施設「ゆい」が目指すこと)

そうした取り組みをおこなう意図について、社会福祉法人はるにれの里の加藤潔さんが説明します。

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社会福祉法人はるにれの里 理事 加藤潔さん

「いかなる重度の障害があっても『地域の生活』を目指す。『地域の生活』って何だという話になるんですけど、僕らが考えているのは日中働いて、活動の場所に行って、夜は家に帰ってくつろいで、週末や休みの日は外出したり、自分の楽しいことをする。それが普通の暮らし、地域の暮らしだと思っている。重度の障害があるからとか、強度行動障害だからそれができないのかと言われたら、する権利があると思う。そのために僕らは何ができるのか」(加藤さん)

自閉症者地域生活支援センター「なないろ」は、施設を卒業した人が日中の時間を過ごす場所です。一人ひとりに合った作業や余暇活動を提供し、暮らしを充実させる支援をおこなっています。

山澤和也さん(30)は2020年に「ゆい」を卒業し、地域のグループホームで暮らしています。和也さんが特別支援学校に通っていた当時の様子を両親が振り返ります。

母親:中高は本当に手がつけられない感じ。パニックになって、家の中を破壊状態にした。車に乗せてパニックが収まるまでドライブしたり…

父親:突然飛び出して行方不明になる。探していたら、人の家に入って。警察にも何回か…

特別支援学校を卒業後、およそ10年間を「ゆい」で過ごした和也さん。パニックを起こすことも少なくなりました。

部屋の前には、その日のスケジュールがイラスト付きのカードで掲示されています。最近、和也さんが新たに取り組んでいることは、スケジュールをこなすだけでなく、自分でやりたいことを選ぶことです。この日もカードを使い、支援員に意思を伝えます。

画像(意思表示に使うカード)

「ずっとこちらから『これをやって』と与えたものばかりだと、疲れてしまう。本人も楽しくない。どんなに好きな活動でも楽しくないと思う。自分で選べることは、本人の楽しみにもつながっていくので大事」(支援員)

なかでも一番のお気に入りは、スケッチをすること。最近は、外出先でも絵を描く機会が増えてきました。水族館では生きものたちのスケッチに夢中だったといいます。

画像(絵を描く和也さん)

家の中で暴れることも多かった和也さん。かつては想像できなかった、我が子の姿です。

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和也さんの母親

「あのときはどうしたらいいか、本当に分からなかった。(支援を)規則的にやってもらって、スーって波が引いたような感じ。自分なりに本当の居心地のいい場所であってほしいと思います」(母親)

待ちに待った休日。楽しみは、ファストフード店に行くことです。メニューはだいたい決まっていますが、ボードを使って好きなメニューを選ぶという体験を得ます。

画像(ボードからメニューを選ぶ和也さん)

「選択肢があることで生活の質も上がってくる。食べ終わった後の喜びも表情に出やすいので、私たちもやりがいがある」(スタッフ)

落ち着いてグループホームで暮らす和也さん。この環境を継続させることが今後は大切になると井上さんは考えます。

「(強度行動障害の人は)変化を苦手とする人たちが多い。例えば、春先にスタッフが異動になるとか、誰かが交代することが起こった場合に、それを敏感に察知して行動が崩れてくる。うまくいった支援を持続することが非常に重要になってくる」(井上さん)

一方で、課題もあります。はるにれの里の加藤潔さんは、「人手が確保できず、新しい利用者の受け入れを躊躇せざるを得ない。地域の生活に移行させたくても新たな事業を展開できない」と語っています。

こうした課題は全国の施設であり、対策として井上さんは次のように考えます。

「1つの対策だと難しいと思うんですけど、支援者が頑張ってよかったと、支援を成功させてあげなくてはいけない。地域でみんなが応援する仕組みが非常に大事。支援者の方の専門性や人的支援はもちろんですが、メンタルヘルスというか、支援者が燃え尽きないように支える仕組みを一緒に作っていく必要があると思います」(井上さん)

最後に、これから必要となる施策は何か、強度行動障害と関わってきた小島さんと井上さんに聞きました。

画像(小島幸子さんと井上雅彦さん)

「体が大きくなってからだとなかなか難しいので、幼児期からの療育がとても大事だと思います。本人に対する療育もそうですが、親に対する、子育てのポイントのようなのを伝えていく必要がある。保護者支援と支援者支援、両方進んでもらいたいと思います」(小島さん)

「研究を進めていく中で、早期のリスクがいくつか分かってきています。小さいうちからケアをして、ご本人や保護者の方に適切な関わり方、早期から大人になるまで、体制を作っていくことが大事だと思います」(井上さん)

強度行動障害
(1)孤立する親子たち
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※この記事はハートネットTV 2024年1月23日放送「特集「強度行動障害」(2)~暮らしを支える支援とは~」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

 

記事公開日:2024年02月19日NHK福祉情報サイト ハートネットより転載