更生を信じて刑務所ラジオは続く 塀の中のリクエストアワー - 記事 | NHK ハートネット

山口刑務所では、14年前から続くラジオ番組があります。リスナーは塀の中にいる受刑者です。曲のリクエストとともにメッセージを投稿することができ、そこには誰にも打ち明けることができなかった後悔の念や、家族への思いが込められています。刑務所のラジオは受刑者たちに何を届けてきたのか、罪を犯した人が胸の内を吐き出すことで生まれるものと、人を信じる気持ちについて、ラジオのナビゲーターやかつてのリスナーの言葉から見つめていきます。

リクエストに込めた受刑者の胸の内

「こんにちは。今月もこの時間がやって参りました。『ひめサタ』。ナビゲーターのスペース佐藤です」

山口と福岡の2つの刑務所には、月に1度だけ放送されるラジオがあります。リスナーは塀の中の受刑者だけ。ナビゲーターを務めるのは、佐藤忠典さんです。

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佐藤忠典さん

番組は、受刑者による曲のリクエストとメッセージの投稿から組み立てられています。リクエストされるのはJ-POPをはじめ、演歌やクラシックまでさまざまです。佐藤さん手持ちのおよそ2000枚のCDから探し、手元にない曲は自ら購入することもあります。

画像(佐藤さんのCD棚)

B5サイズ1枚のリクエストカードには、曲の思い出や当時の心境がつづられています。線を引いてメッセージを強調したり、鉛筆で下書きをしたりしているカードもあり、なかでも目立つのが、離ればなれとなった家族への思いです。

画像(受刑者が書いたリクエストカード)

「被害者のことを考えるのがいちばんですし、被害者家族がそこに含まれます。それをないがしろにして、自分の欲求や加害者家族のことを考えるのは、本来はあってはいけないと思うんですよ。でも、(受刑者が)どこを目指して生きていくのか考えたときに、その人がまた道を踏み外さないためにどうすればいいのかというふうには思います」(佐藤さん)

山口刑務所にはおよそ350人が服役し、刑期が10年未満の初犯の受刑者が大半を占めています。平日は8時間の刑務作業があり、ラジオにリクエストできるのは土日や就寝前の余暇の時間です。毎月、50人ほどの受刑者が投稿しています。

画像(受刑者が書いたリクエストカード)

この日は、子どもとの思い出をつづったメッセージが届きました。投稿したのは50代の受刑者。3年あまり服役しており、妻から絶縁され、子どもにも会えなくなりました。

被害者とその家族に取り返しのつかないことをしたと語る受刑者が、メッセージの中で「毎晩、夢の中でだけ、家族と会えます」と思いを書いています。メッセージはすべて読み上げられ、ラジオを通して他の受刑者たちも耳を傾けます。

「被害者の方にも家族にも本当に取り返しのつかないことをやってしまったと考えています」
「そのことに気づかず、罪を犯した私。再犯せず必ず更生し、できる限りの償いをします」

画像(メッセージを書く受刑者)

「十字架を背負って(社会に)出て、普通の人と普通にコミュニケーションを取れないことは当然でてくるわけです。ずっと自分の中に秘めておかなきゃいけない部分もあるでしょう。(家族と会いたいという)思いは決して許されないと分かっているからこそ、今、吐き出しているのかもしれないですね」(佐藤さん)

懲罰から教育へ 刑務所ラジオの始まり

山口刑務所でラジオ放送が始まったのは14年前です。当時の日本の刑務所について、山口刑務所で所長を務める太田一夫さんはこう話します。

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山口刑務所 所長 太田一夫さん

「昔は刑務所の中の受刑者は、刑罰の罰であるのがメインで、刑務所で厳しく指導されるのが当たり前。自由はそもそもないのが、昔の刑務所だと思います」(太田所長)

欧米では更生を促すため、早くから受刑者への矯正教育が始まっていました。日本では17年前、受刑者の処遇に関する法律が改正。懲罰から教育へという流れが加速していきます。

山口刑務所では、テレビや読書の余暇の時間も有効に活用できないかと考え、そこで取り入れたのがラジオでした。

「自らの過去の楽しかった経験、この先の決意を頭の中でボヤっと考えるだけじゃなくて、文字にして、誰かに伝えることで決意は固まる。悩みを書いて他人に伝えることで、自分の悩みを誰かと共有できる。この人たちをなんとかまっとうな人間にしてあげようという愛がないと、受刑者の更生には携われないし、効果は出ないと思います」(太田所長)

ナビゲーターの佐藤さんは普段、山口のケーブルテレビでキャスターを務めています。刑務所ラジオのきっかけは、知人と福岡刑務所を訪れた慰問活動で、職員から「受刑者たちのためにラジオをやってほしい」と頼まれたことです。

好きな曲を聴いてもらおうとボランティアで引き受け、次第に更生の一助になればという思いを強くしていきました。

画像(佐藤忠典さん)

「どういう結果につながるのか。結果が出るのか出ないのか、はっきり言ってわかりません。社会に戻った時の環境、そこでのいろんな壁を考えると、(更生への)気持ちを持ち続けてもらえるかどうかは確信が持てませんよね。今の自分にできるのは、エールを送り続けることだけ。ただただ、そこに徹することです」(佐藤さん)

刑務所ラジオの意味・・・元受刑者のいま

罪を犯した人にとって、ラジオはどのような意味を持つのでしょうか。

與那覇和也(よなは・かずなり)さんは子どものころ母親から日常的に暴力を受け、窃盗を強要されてきました。窃盗などの罪で2回服役し、去年2月に出所。過去の自分と決別するために知り合いのいない土地で生活を始め、現在は建設会社に勤務しています。

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建設会社で働く與那覇さん

「『環境のせいにするな』という人間が多いけど、母親がギャンブル中毒で、金が家になくて、母親公認で(窃盗を)やっていた。盗んできたら金になるから、『ばれないようにやってこいよ』みたいな感じでした」(與那覇さん)

與那覇さんの投稿が紹介された、当時の放送を聴いてもらいました。

僕の夏の印象は、熱いアスファルトに引き立ての道路ラインです。初めて長く続いた道路ラインを引く仕事は4年もやっていました。そうやって人の役に立つ仕事をしていた僕が、今度は人を傷つけてしまい、ここに入ってしまいました。このことを後悔の転機として、また人の、社会の役に立てる仕事をしたいです。
(2016月8月 與那覇さんの投稿より)

今振りかえれば、ラジオは自分の思いを受け止めてくれる数少ない存在だったといいます。

画像(與那覇和也さん)

「懐かしい。聴いたら思い出しました。みんな楽しみに聴いとった。たかがラジオと思っている人間なんておらんのじゃないですか。今のこの生活だったり、仕事だったりを大切にして、佐藤さんも含めて、二度と裏切ることがないように。佐藤さんにも、やってて良かったと思ってもらいたい」(與那覇さん)

思いを発信することは、更生の決意表明になったと捉えている元受刑者もいます。立花太郎さんは去年2月に服役を終え、自営業を営みながら更生へのスタートラインに立っています。

小さいころから窃盗を繰り返していた立花さんは再犯が止まらず、服役は5回。更生を誓ってもうまくいかないなか、福岡刑務所で出会ったのがラジオでした。

逮捕前の私は元受刑者だった人たちを更生支援する活動もやっており、会社も経営していました。しかし、今はどうでしょう。刑務所に入所し、自分が更生支援される立場に。今度こそしっかりと更生し、世の中の役に立てるような立派な人間になりたいと考えています。
(2021年2月 立花さんの投稿より)

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立花太郎さん

「悪い仲間の中で、『俺もう悪いことやめて立ち直りたいんやけど』って、恥ずかしくて言えないじゃないですか。『立ち直りたいって言うぐらいやったら、もうこんなとこに来たらいかんやろ』と言われる。(ラジオで)聞いてもらうことによって、聞かれたという結果が残る。そうしたら、自分の中では隠せない内容になってしまう。あとは自分がどうするか。立ち直るだけじゃなくて、今後、自分がやり続けていくための支えになる」(立花さん)

刑務所の中は、他者とのコミュニケーションの機会が限られています。受刑者や出所者のヒアリングを重ねてきた同志社大学准教授の毛利真弓さんは、ラジオを通してそれぞれの思いを知ることで、罪と向き合うきっかけになると指摘します。

画像(同志社大学 心理学部 准教授 毛利真弓さん)

「そのときはいいと思ったか、しょうがないと思った選択の結果、間違えて犯罪をしています。そうすると、1人で考えても当時の間違った判断や、価値観が偏っていることに気付きません。そのまま1人で反省しても、二度としないとはなるんですけど、次、しないためにどうしようとか、何がいけなかったのかを客観的に考えるのは難しい。そういう面で、誰かに(考えを)提出することでフィードバックをもらう。何かを伝えようと思って書くことは、(更生の)土台作りにはすごく良いと思います」(毛利さん)

メッセージはうそ!? 重ねた“対話”の先に・・・

月に1度のラジオを休まず続けてきた佐藤さんは、2万通を超える受刑者のメッセージと向き合い、エールを送ってきました。しかし5年前、そんな佐藤さんに忘れられないメッセージが届きます。

毎月、リクエストを楽しく聞かせてもらっています。けど、どうしてリクエストのメッセージは真面目なことを書いたものばかり選ばれるんですか。みんなリクエスト曲が聞きたいがために、うそを書いてるだけですよ。私はうそを書けないし、真面目なことも書けない。なら、私のリクエストは一生聞けないということですね。
(2017年3月 受刑者からのメッセージ)

受刑者の更生を願っていた佐藤さんにとって、「ラジオへ寄せるメッセージには、うそが書かれている」という訴えは、思いもよらないものでした。佐藤さんはあえて読み上げました。

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5年前の収録の様子

さらに、次のようなメッセージも続きます。

覚せい剤で受刑生活を繰り返している人で、家族への手紙や面会、職員や委員との面接では、反省、新たな決意の美辞麗句を並べるのに、舌の根も乾かぬうちに余暇時間に覚せい剤をやる話を声高にしている人たちを見ると、この人たちの本音は一体どこにあるのだろうかと思います。
(受刑者からのメッセージ)

このメッセージに対して、当時の佐藤さんはラジオで次のように返しました。

「たくさんの方がメッセージを本当に心を込めて書いてくださってると、僕は信じたいんですよ。今のこの世の中で生きていくためにいちばん大事なことは、人とどうコミュニケーションを取っていくか。コミュニケーションのベースは、信頼関係だと思うんですよ。信頼関係の第一歩は何かというと、人を信じることだと思うんですよね。」(当時の佐藤さんのラジオより)

佐藤さんは当時、刑務所から社会に戻っていく受刑者が、少しでもいいから人を信じる心を取り戻せないか、考えたと言います。
するとその後、受刑者たちからラジオの存在を肯定する声が集まります。

メッセージには思考や境遇の似ているものに共感を覚えることも多く、物事の捉え方や価値観などに、ふとしたことを気付かされたり学ばされたりしています。なかにはうそもあるのかもしれません。ですが、本気で更生しようとしている人は確実に存在します。
(受刑者からのメッセージ)

さらに、「メッセージにはうそが書かれている」と投稿した受刑者から、半年後に謝罪の言葉が届きます。そこには、「みんな前向きな気持ちをメッセージにして、自分に言い聞かせていると思った」と記されていました。

画像(佐藤忠典さん)

「本当に更生したいんだったら、まず『どうやったら人を信じられるか』というのが、すごく大事な部分じゃないですか。それを僕らがせずして、彼らに響くことは絶対できないだろうと思いました。何かのきっかけで、彼らが『えっ』って思ってもらえれば、それは進歩だと思います。あくまでも、ちゃんと向き合ってくれている人、1人でもいいから、更生に向けての力になればと思います」(佐藤さん)

更生につながると信じてラジオは続く

この日もまた、家族への思いをつづったメッセージが寄せられました。書いたのは、重い罪を犯して20年以上服役している50代の受刑者。記されていたのは、逮捕後に会えなくなった娘の成長についてです。「23年ぶりの娘の成長した姿に涙」というテーマでびっしりと書かれ、最後に「真摯に自分の贖罪に向き合いたい」とつづっています。

画像(メッセージを書く受刑者)

「被害者の遺族の方、被害者の方のことを考えると、自分が会いたいと思うことさえも否定されるのはよく分かります。よく分かりますし、自分もそう思います。自分のことにフタをして、自分を殺してでも毎日の生活をしなければだめですので。自分の心の中の箱を開けて、引っ張り出してきたものを書きました」

画像(受刑者のメッセージ)

「ご家族にこれ以上足かせをつけたくないというその思いは、たぶん娘さんはじめ、ご家族にも通じてるんではないでしょうかね。しっかり償ってください。ではリクエストにお応えしましょう」(佐藤さんのラジオ番組より)

月に一度のリクエストアワー。放送は360回を超えました。胸の内を吐き出し共有することが更生への第一歩につながると信じて、これからも塀の中のラジオ番組は続いていきます。

※この記事はハートネットTV 2022年6月20日(月曜)放送「塀の中のリクエストアワー」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

記事公開日:2022年07月14日NHK福祉情報サイト ハートネットより転載