札幌市の路面電車(市電)事業が、逆風に直面している。新型コロナウイルス禍や電気代高騰により、収支は想定から大幅に悪化した。市は運賃の値上げ実施など交通事業経営計画(2019~28年度)の見直しに着手し、当初目標だった26年度の黒字化を28年度に先送りする方針だが、達成は見通せない。
 「コロナで利用者が大幅に減り、燃料などの高騰で大変厳しい状況だ」。秋元克広市長は8日の記者会見で、険しい表情を見せた。


コロナ禍や電気代の高騰で、収支が悪化している札幌市電。事業計画を見直すが、達成できるかは不透明だ(伊丹恒撮影)

 

 市は2020年度、市電運行を市交通事業振興公社に移管する「上下分離」方式を導入。市が車両や軌道などの施設を保有し、第三セクターの同公社が運行や日常の車両点検を担う。
 最大の目的は、運行を委託することで運転士の人件費や経費を縮減し、収支を黒字転換した上で、市電事業の交通局の累積赤字(19年度末で4億8千万円)の解消を目指すものだ。交通事業経営計画では、導入により、交通局の収支が26年度に3500万円の黒字となる見込みだった。
 市電事業の人件費は上下分離導入後から減少傾向で、24年度は7億円と19年度の7億6千万円から約8%減る見込み。しかし、コロナ禍がその効果を大きく打ち消している。
 外出抑制などが響き、20年度の1日当たりの乗車人員は、19年度の2万3400人から26%減の1万7300人で、続く21年度も1万8600人と落ち込んだ。23年度は2万1400人の見込みだが、コロナ前の水準には及ばない。
 支出は電気料金や資材価格の高騰などで年々膨らみ、特に23年度の電気料金は1億1600万円で、19年度の7600万円に比べ約5割増と大幅に増えた。
 これらの結果、交通局の20年度の収支は1億3800万円の赤字と想定を8千万円下回り、21年度も2億9600万円の赤字で、同じく想定から1億5500万円も悪化した。
 黒字化目標達成がほぼ不可能となったため、市は交通事業経営計画の見直しを余儀なくされた。

改定案では1日当たりの乗車人員の目標を2万6千人から2万4千人に引き下げ、収支改善のため運賃(200円)を、今年12月に30円値上げする。人件費や経費圧縮に努め、ラッピング車両の広告料引き上げなど増収策も展開、28年度の黒字化を目指す。23年度中にも改定する予定だ。
 市交通局は「これほど収入が減り、経費がかさむとは想定外だった」と嘆く。
 計画を見直しても市の想定通りに事態が進むかは未知数だ。市議会からは「値上げでバスへ人が流れ、目標通りに進むか分からない」(ベテラン市議)との懸念がくすぶる。物価高騰が収束する気配はなく、市の想定以上に収支が悪化する可能性はある。
 一方、上下分離では運行の安全確保に対する不安の声も根強かった。市はノウハウや技術を継承し、安全管理体制を維持すると強調してきたが、それも芳しくない状況だ。
 昨年12月には、運転士不在の状態で車両が交差点に進入する事故が発生。国土交通省から重大インシデントに認定された。21年には自転車に乗っていた中学生がはねられて重傷を負う事故も起きた。市によると、市電事業での重大インシデントの発生は例がなく、重傷事故も記録の残る04年度以降で初めてという。
 市交通局は相次ぐ事故に「上下分離の影響はない」とする。ただ、導入前は50代以上のベテラン運転士が約3割いたが、市から公社へ派遣された職員の定年退職や職員の新規採用で世代交代が進み、現在は約2割。市内部からは「運転経験の少ない若手が増えたことが影響しているかもしれない」との声も漏れる。
 北大大学院の内田賢悦教授(交通工学)は「外部人材を積極的に登用するなど民間の厳しい目を公社経営に取り入れ、増収策や経費削減策をさらに積み上げる改革が必要。安全管理体制の強化に向けて、現在の研修期間を延長するなどの取り組みも欠かせない」と話している。(伊藤友佳子)

2024年2月24日 23:15(2月25日 0:34更新)北海道新聞どうしん電子版より転載