食べ物を口の中で噛(か)んだり、飲み込むことが難しい高齢者や障害者向けに工夫した食事「嚥下(えんげ)調整食(嚥下食)」。室蘭市の料理人や介護・福祉関係者らが設立した団体「ケセラネットワーク」は昨年から、見た目が良く、誰が食べてもおいしい嚥下食を「ケセラ食」と名付け、メニュー開発と普及活動に取り組んでいる。会長で室蘭市で飲食店を経営する音喜多哲朗さんに取り組みのきっかけや活動内容を聞いた。
 ■「いつまでも自分の口や舌で味わえる機会を増やしたい」
 ネットワークは室蘭市の介護施設所長で副会長の波方元希さんや、管理栄養士、歯科衛生士、言語聴覚士ら30人で構成し、昨年2月に設立。団体名は「ケセラセラ(なるようになるさ)」にちなみ、音喜多会長が考えた造語だ。
 「普段、嚥下食をとっている男性の米寿のお祝いに、家族や親戚が飲食店で食事会を開いたところ、男性だけ家族と同じごちそうが食べられず、寂しい思いをしたという話を波方さんから聞いたのが、誰もが一緒に食べられる嚥下食を考えたきっかけです。茶わん蒸しやムースなど柔らかいメニューはたくさん知っていたので、『何とかなるだろう』と思いました」
 嚥下食は食べやすくするため、つぶしたり、とろみを付けてペースト状にすると、一般的に見栄えや味がよくない。おいしい嚥下食のメニュー開発は、試行錯誤の連続だった。
 「口やあごを動かす力や飲み込む力が弱いと、口に入れた食べ物をうまく噛んだり、唾液に混じらせて飲み込みやすくすることが難しく、そのまま飲み込む恐れがあります。みかんなど水分の多い果物はつるんとのどを通ってしまいます。片栗粉は唾液でとろみが弱くなるので、とろみ剤(食事補助剤)を使うなど、食材や調理方法に工夫が必要です。このため、嚥下食の専門知識があるメンバーの助言を受け、試作を繰り返しました」
 これまでに、ムース状にしたサバの身を、焼き目を付けて柔らかくしたサバの皮で包んだ一品や、骨をすべて取ったニシンの塩焼き、豚肉を下処理した室蘭やきとりなど20種類ほどのメニューを開発した。
 「骨が気になるニシン、飲み込みにくい豚肉など、嚥下食に向かないとされる食材からあえて挑戦しました。サバの身は、卵やナガイモを加えてふわっとさせた上で蒸しました。室蘭やきとりは豚のバラ肉をすり下ろしたタマネギ、ショウガと合わせて炭酸水につけ込んだ後、蒸すなどしたもので、肉の味も脂の味も感じられます。試食会でも『風味も見た目もよくておいしい』と好評でした」
 今後の活動の抱負は。
「嚥下食は誤嚥(ごえん)などにつながることもあり、食材選びなどに慎重さが求められる半面、おいしい嚥下食を提供すると『このメニューを食べたいから、口を動かすトレーニングを頑張ろう』という意欲にもつながります。いつまでも自分の口や舌で味わえる機会をもっと増やしたいですね」(犬飼裕一)
 <略歴>おときた・てつろう 1973年、青森県八戸市出身。八戸中央高夜間部を卒業後、地元の飲食店で修業し、家族の引っ越しのため室蘭に移住した。2008年から室蘭市中島町で「フードバーOtokita」を10年以上営業し、現在はプライベートキッチン「!(おときた)」を経営。室蘭市内でデイサービスなどを運営する「由希」取締役も務める。

「ケセラ食の提供を通じて食べる楽しみや生きがいづくりにつなげたい」と話す音喜多さん
「ケセラ食の提供を通じて食べる楽しみや生きがいづくりにつなげたい」と話す音喜多さん 
 

2024年2月14日 10:08北海道新聞どうしん電子版より転載