“伝える”を育む 手話で暮らす ろう重複のグループホーム - 記事 | NHK ハートネット
全国でも珍しいグループホームが、鹿児島市内に誕生しました。
共通言語は「手話」。
入居しているのは、聴覚障害と知的障害などがある「ろう重複」と呼ばれる障害のある人たちです。
ろう重複障害のある人たちはこれまで、聴者を対象としたグループホームに入居し、孤立するケースもありました。
手話で暮らすこの新たなグループホームで、一歩を踏み出して成長する日々を見つめます。
ろう重複障害のある人たちが暮らすグループホーム
2023年1月、鹿児島県鹿児島市に、全国でも珍しいグループホームが誕生しました。
聴覚障害に加えて、知的障害などがある「ろう重複(ちょうふく)」と呼ばれる障害のある人たちが暮らし、入居者同士のやりとりは手話でおこないます。
グループホームは、女性用と男性用の2つあり、5人の入居者が、親元や施設を離れて「自立」の第一歩を踏み出しています。
夕方5時、女性向けグループホームで食事の準備を始めたのは、聴覚障害と知的障害がある中野愛梨さん(22)です。ろう学校の寮生活が長かった中野さんは、これまで台所に立つ機会はあまりありませんでした。
この日のメイン料理は、最近覚えた「野菜の肉巻き」です。
中野愛梨さん
見守るのは、スタッフの外薗(ほかぞの)さつきさん。
外薗さんを含めたスタッフの半数以上がろう者で、24時間、手話でサポートしています。
知的障害などもある入居者への支援も、きめ細かく行われています。
外薗さつきさんと中野愛梨さん
言葉を覚えることが苦手な中野さんは、「プラスチック」の手話がなかなか理解できず、プラスチックを分別するゴミ箱が分かりませんでした。
そこで外薗さんは、プラごみ用のゴミ箱にマークを付け、そのマークを手で表して伝えるように工夫しています。
グループホームで中野さんと一緒に暮らす有川真央さん(40)。聴覚障害のほかに、脳性まひと知的障害があります。有川さんは大の相撲好きです。
有川真央さん
有川さん:9月、貴景勝が優勝しました。4度目の優勝。うれしかったです。
この日は、中野さんが作った料理5品を、3人で囲みました。
外薗さん:おいしい?おいしくない?
中野さん:おいしい。
有川さん:おいしいです。グー!とってもおいしいです、中野さん上手だね。
中野さん:お米はまだ残ってるから、あしたの朝ごはんにしてね。スープもあるから。サラダもあるから。
あしたはパンは食べなくていいね。
有川さん:これ、あした食べる。ありがとう。
グループホームでの暮らしで、コミュニケーションの力も育まれています。
外薗さん:最初のころは何か伝えようとしても、その単語を知らなくて、代わりに絵を描いて伝えてくれることがよくありました。それをそのつど手話にして見せることで、少しずつ手話の語彙も増えています。
それぞれの性格がありますけれど、とにかく丁寧に話をしてうまく励ましながら、それぞれに合った対応をしています。
経験を積むことの大切さ
中野さんが買い物当番の日。
ハンバーグを作るため、たまねぎやひき肉など、必要な材料をメモにします。
これまでは、家族やグループホームのスタッフと一緒に買い物に行っていた中野さん。
最近は1人での買い出しに挑戦しています。
店に着き、メモに書いた商品を順調にかごに入れて・・・最後は薄力粉。
ところが、似た商品が多く並んでいて、どれを買えばいいのか分かりません。
悩むこと5分、思い切って店員さんに声をかけます。
これで解決・・・と思ったら、手に取ったのは片栗粉。
意思疎通がうまくいかず、薄力粉を買うことができませんでした。
帰宅後、外薗さんと買ってきたものを確認します。
中野さん:(片栗粉を手に持ち)これ間違ってない?
外薗さん:何それ?違う違う。
中野さん:店員さんに聞いたんだけど、こちらって言われたから。たくさん商品が並んでいたから、これにしちゃった。どれか分からなかった。
お母さんが一緒にいるときは、話してくれるから安心だし楽だけど、今は一人でやらないといけないから。お母さんが話してくれるときは、私は待っていればいいの。そのあとに通訳してくれれば分かる。だけど一人だと話ができなくて、一生懸命、一生懸命で。
外園さん:でもね、お母さんに任せっきりじゃなくてね。
中野さん:だって難しいもん。薄力粉がどれか分からなかった。初めて買うものだったから、なかなか話も通じなかったし。
外薗さん:だから、それも経験。
失敗も大事な経験。一つ一つを学びにつなげるのが、グループホームでの暮らしです。
中野さんは週に5日、ろう者が働く事業所に通い、仕事の経験も積み重ねています。
ここでは、ろう者やろう重複障害のある13人が働き、刺しゅうや編み物などの手作り雑貨を作っています。
手先が器用な中野さんは、主に刺しゅうを担当。
施設長の福島健三さんは、中野さんの作業を高く評価しています。
福島健三さん
福島さん:中野さんは自己流ですが結構上手ですよ。見て覚えたんだよね。
自己流でうまくなったよね。色あわせも、すごくうまいんです。
デザインや配色まで、作品には中野さんのアイデアが活かされています。
中野さん:色を選んだりするのが楽しいですね。
中野さんが親元を離れることを決めたのは、実家から離れた場所にあるこの事業所で働くためです。
ところが、最初に入居したのは知的障害のある人たちが暮らすグループホームでした。
スタッフも入居者も誰ひとり手話が話せないことで、中野さんは次第に孤立していったと振り返ります。
最初のグループホームに入居したころの中野さん
中野さん:話ができなくて、会話がなくて、ずっと引きこもっていました。夜はずっと自分の部屋にいました。
困ったことがあっても誰にも相談できず、次第に仕事も休みがちになった中野さん。
悩んでいたある日、職場の同僚から、「手話で暮らすグループホームができた」と聞き、すぐに入居を決めました。
中野さん:ここでは手話での会話が楽しいし、自分に合っていてほっとできます。
グループホームを設立した思い
中野さんたちが暮らすグループホームを作ったのは、澤田利江(さわだ・りえ)さんです。
自身もろう者の澤田さんは、ろうの子どもたちが通う学習塾や、放課後等デイサービスなどを運営しています。
その中で出会ったのが、ろうの世界にも知的障害の世界にも居場所がない、「ろう重複障害」のある子どもたちです。
澤田利江さん
澤田さん:ろう学校の重複クラスには生徒が一人しかいないことがほとんどで、ほかの生徒ともうまくコミュニケーションがとれないため、(ろう者の中でも)とても狭い社会で小中高と過ごしています。
この子たちの将来はどうなるのだろうと思い、保護者に尋ねたら、ずっと自分が面倒をみるか、既存の知的障害者施設に入れようかと考えていて、ろう重複の人たちの受け皿がないんだなと思いました。
澤田さんは、ろう重複障害のある人たちの居場所として、グループホームを作ろうと動き始めます。
しかし、手話ができるスタッフと、資金の確保という大きな壁がありました。
民家を改修して費用をおさえようと考えましたが、それでも数千万円かかります。
ろう者にとって不可欠な設備もあります。
例えば、「光る火災報知機」の設置には、およそ100万円が必要です。
澤田さんは先進事例に学ぼうと、全国各地の施設を回りました。
さらに、ろう者が働く事業所を立ち上げ、その売り上げを少しずつ積み立ててきました。
知り合いのつてでスタッフを集め、足りない費用は借入金でまかなった澤田さん。
構想から18年、2023年にようやくグループホームが完成しました。
澤田さん:グループホームは、自分らしく生きるための場所になってほしいです。
できる、できないではなく、とにかく自分の足で歩くことが大切です。自分の求める人生ってなんだろうということを少しずつ見つけながら、最終的に「自分の人生はこれだ」と、「これでよかった」と思えるような場になってほしいです。
グループホームで見つけた夢
グループホームで自立のための大きな一歩を踏み出した人がいます。
聴覚障害と知的障害のある春田紀生(はるた・のりお)さん(32)は、ろう者が働くワッフル店に勤めています。
実家から職場に通ってきましたが、2023年4月、グループホームに入居しました。
親元を離れる不安もあったという春田さんですが、最近、ある気持ちが芽生えています。
春田さん:(母は)ハグとかするんですよ。いつも僕のことを子ども扱いするからいやだな。
僕はもう大人。そろそろ大人扱いしてほしい。
グループホームに来て、母親に任せていたお金の管理を自分でするようになった春田さん。
初めて自分で稼いだお金で、欲しかったゲームを買いました。
そんな春田さんには目標があります。
春田紀生さん
春田さん:勤めている店の店長になりたい。気遣える人になりたい。
言葉を獲得することの大切さ
グループホームで暮らす中野愛梨さんの実家は、鹿児島市からフェリーとバスを乗り継いで3時間の鹿屋市にあります。
入居して10か月。母親の真由美さんが、娘の成長を実感する出来事がありました。
中野さんから送られてきたメッセージ
「これが(LINEのメッセージ)突然きたんですよね。『私が死ぬいい』って。悲しそうなスタンプが来て『どうしたの?』って(聞いたら)、『明日が死ぬ死ぬ』ときて、慌ててしまって…」(真由美さん)
真由美さんから連絡を受けたグループホームスタッフの阿多 恵(あた・めぐみ)さんは、すぐに中野さんと話をしました。
阿多 恵さん
阿多さん:中野さんに会って話をしてみたら「死ぬ、自分の心が死ぬ、苦しい」と言っていました。
「つまり死にたいということ?」と聞いたら、「いや胸が痛い」というような言い方をしていたので、「どうして?」と聞いたら、悪口を言われているのを見てしまい、それがショックだったようです。
そのときの感情を表す言葉が分からなくて、知っている中で一番近い「死ぬ」という言葉を使ったみたいです。
どうすれば中野さんの感情が伝わるのか。
イラストも使いながら、しっくりくる言葉を探しました。
たどりついたのは「傷ついた」という言葉でした。
阿多さん:「死ぬ」という言葉ではなく、「傷ついた」という言葉を使えばよかった。
中野さんの気持ちを絵に描いて、「こういう気持ちなの?」と聞いたら、まさしくそれだと教えてくれたので、そのときは「死ぬ」という言葉ではなくて、悪口を言われて「心が傷ついた」と言うのが正しい表現なんだよと伝えました。
「(感情を表す言葉を)覚えることが難しかったんですけど、それを覚えて、ちゃんと人に伝えることができるというのが、成長したなと思います。すごく感動しました」(真由美さん)
言葉で表現することで、自分の気持ちを伝えることができた中野さん。
今、言葉を獲得する喜びを実感しています。
まずは身近なものの言葉を覚えたいと、野菜のイラストを使った勉強を始めました。
中野さん:練習でちょっとずつ名前を覚えたい。買い物のとき、でたらめに買ってしまうことがあるから、(覚えると)便利です。少しずつ。急に覚えたら疲れて忘れちゃうから。少しずつ。
親友も驚く大きな変化
この日、中野さんは、10年来の友人の今村日和(いまむら・ひより)さんに会うため、地元の高校の文化祭にやってきました。今村さんはろう学校を卒業後、地域の農業高校に通っています。
食べ歩きの合間に、中野さんは、高校生が実習で作った大きな白菜を買いました。
中野さん:この白菜は、グループホームに持って帰ってお料理します。
今村さん:うそ!本当に料理するの?食べに行きたい!
中野さん:いいよ。
今村さん:(中野さんが作った料理の画像をスマホで見て)えー!スープも作ったの?
中野さん:そうそう。
今村さん:これも?
中野さん:うん。
グループホームに入ってからの中野さんの変化に、今村さんも驚いています。
今村さん:いつも以上に、イキイキしてるというか、明るくなったよね。前より明るくなったよ。そんなふうに見えるよ。
中野さん:私は気づいてないけど。
手話で暮らすグループホームでは、一人ひとりがそれぞれの自立を目指しています。
そして、中野さんには確かな目標があります。
中野さん:ひとり暮らしをしたいと思っています。いつかできたらいいと思います。
※この記事はハートネットTV 2023年12月27日放送「“伝える”を育む ろう重複のグループホーム」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。
記事公開日:2024年01月26日NHK福祉情報サイト ハートネットより転載
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