不妊や去勢手術を受けていない犬や猫などのペットを飼っているうちに、繁殖して頭数が増えてしまい適切に飼育できなくなる「多頭飼育」。数十匹に達することもあり、ペットの生命や尊厳のみならず、鳴き声による騒音、排せつ物などの悪臭や感染症など周辺地域に大きな影響を与える。多頭飼育の実情と防止に向けた取り組みについて、道内の動物愛護団体代表と環境省の多頭飼育対策ガイドラインの策定に当たった行政学の専門家に聞いた。

ペット多頭飼育 実情と防止に向けた取り組みは | 拓北・あいの里地区社会福祉協議会(仮)
■不妊・去勢手術、徹底して 「ニャン友ねっとわーく北海道」代表・勝田珠美さん
 多頭飼育の猫の救出に数多く関わってきた中で、札幌市北区で2020年3月に起きたケースは全国的にも最悪と言える規模でした。2階建ての一軒家から238匹の猫が見つかり、ボランティアに声をかけ現場に駆けつけました。
 床はふん尿まみれで刺激臭は目を開けられないほど。死んだ猫の骨や皮も散乱していました。やせ細った猫たちに水40リットルと餌30キロを与えましたが、あっという間になくなりました。
 1匹ずつ捕獲して支援してくれる動物病院や私たちが運営するシェルターに運ぶのですが、乳飲み子を踏まないよう慎重に動かなくてはなりません。作業中に子猫が2匹生まれました。
 多頭飼育の飼い主は、生活保護受給者や高齢者が多く、飼育放棄以外にも、自身が身の回りのことに関心を失った「セルフネグレクト」になっている場合が多いです。22年6月、美唄市の高齢者宅では、天井に届くような高さまでごみの入ったビニール袋が積み上がり、その下に41匹の猫がいました。
 ただ、多頭飼育は誰にでも起こりえます。20年9月には札幌市の高級マンションの一室で、高齢の猫14匹と大型犬1匹が見つかりました。元々は家族3人がペットと住んでいたのですが、妻が離婚を機に娘と猫1匹を連れて出て行ったそうです。元夫は別の部屋を借り、たまに餌やりに来ていましたが、面倒を見きれなくなったようです。生活環境の変化などで精神の不調を抱えた時、ペットの世話まで考えられないのでしょう。
 猫が屋外でも増えると、住民の生活環境を悪化させるだけでなく、生態系にまで悪影響を与えます。天売島(留萌管内羽幌町)では、オロロン鳥が絶滅危惧種となるほど減少した要因の一つとされています。
 多頭飼育の飼い主の多くはペットが増えても「なんとかなる」と危機感が薄いよう。問題が起こっているという情報のほとんどが飼い主本人からではなく、近隣住民や保健所、不動産会社などから届きます。
 わずかな期間でも、猫が妊娠してさらに増えるので、情報を得たらすぐに保護したいのですが、飼い主がペットの所有権を放棄しない限り、現場から運び出せません。飼い主を説得して解決することが第一歩です。
 多頭飼育現場の猫の数が多すぎたり、犬がいたりする場合などは、他の動物保護団体とも連携し、分散して保護施設やシェルターなどへ収容します。
 保護後は新たな飼い主へ譲渡することになりますが、不衛生な環境や近親交配が原因で弱っている、あるいは人慣れしていないなどの理由で譲渡までに時間がかかる場合があります。
 人を恐れて威嚇し、かみつくこともある通称「シャー猫」だと、専門の預かりボランティアが世話をし、人に慣れさせる必要があります。
 これ以上、不幸なペットを増やさないためには不妊や去勢手術を徹底するほかありません。猫が好きという気持ちだけでなく、猫の強い繁殖能力もきちんと知って、飼い主には「手術はかわいそう」という考えが誤りだと認識してもらいたい。それでも、1匹数万円の手術費用を負担できないなら「初めから飼わないで」と訴えたいです。(神田幸)
■飼い主支援、地域で連携を 成城大教授・打越綾子さん
 2019年から環境省で多頭飼育対策ガイドラインの策定に向けた検討会が設置され、座長を務めました。検討会では、ブリーダーなど一部のケースを除けば、多頭飼育が起きる背景には飼い主に精神的・身体的な問題や、経済的困窮があるという考え方がスタート時点からありました。
 劣悪な多頭飼育は、動物虐待に該当します。ガイドラインの検討の過程では、動物愛護の論点から「『適正な飼養』ができない人にはペットを飼育させるべきではない」と外部から指摘する声もありました。しかし、国民の普遍的な権利の一つである所有権を否定することは実際には難しく、飼い主が抱える問題を早期に見つけて解決していくことが、より現実的な対応策なのです。
 例えば、高齢者が孤独に暮らす中、偶然出合った野良猫を不妊や去勢手術をしないまま自宅で飼い始めたとします。そこに新たな猫1匹が加われば、1年後には手の打ちようがないほどの数になってしまう可能性があります。このような飼い主には、認知症などの精神的な問題があったり、経済的に弱い立場だったりするケースが少なくないのです。
 そこで、動物愛護分野の行政担当者や団体だけではなく、高齢者介護や障害者福祉、生活困窮者に対応する行政部署、ケアマネジャー、各地域の民生委員など福祉関係者も交えた連携が求められるのです。
 国レベルでは環境省と厚生労働省、自治体レベルでは保健所に配属されている公務員獣医師らと福祉部門の職員との関係づくりと情報交換が重要です。ガイドラインはそういった内容も含めています。
 多頭飼育対策で大切なのは、なにより予防、そして早期発見です。繁殖を目的としていないのに1匹でも不妊や去勢手術をせずに飼っている飼い主がいたら赤信号です。
 福祉関係者が自宅を訪問した時に猫を見かけたとします。その時に「不妊や去勢手術をしていますか」と尋ねて、否定またははぐらかすような回答だったら、情報共有して関係者で対応していただきたいです。
 また、町内会・自治会レベルで多頭飼育の問題を認識してもらうことも必要です。また、問題があると分かった時に相談できる窓口を各自治体が設けることも求められます。
 飼い主への対応も、動物愛護管理担当者や福祉担当者だけに任せるのではなく、多職種の連携によって、例えば認知症の症状が見られるのか、精神性疾患を抱えているのか、また嗅覚や聴覚などが衰えているかなどを見抜くことで、適切な対処ができるでしょう。多頭飼育に対応する担当者を孤立させないことも、とても大事なのです。
 一方、1人で暮らしていた高齢者がデイサービスなどに通所して新たに社会的なつながりができると、ペットを飼うことへの強いこだわりが減るケースもあるようです。
 多頭飼育は、多様な背景や要因で起きていて、予防策は単一ではありません。多機関・多職種で対応方針を検討するために、医療機関における「カンファレンス」のような場があると良いと考えています。(編集委員 弓場敬夫)
■札幌市、保護の大半は猫
 環境省は多頭飼育の定義について、頭数で判断するのではなく、ペットが増えて適切な飼育管理ができないために《1》飼い主の生活状況の悪化《2》動物の状態の悪化《3》周辺の生活環境の悪化―のいずれか、もしくは複数が生じている状況としている。
 全国の一部地方自治体を対象とした環境省の調査によると、2015年4月から19年10月に発生した多頭飼育のうち、調査した385件のペットの種別は猫237件、犬174件、ウサギ7件などだった。
 一方、札幌市が把握する多頭飼育保護数のほとんどは猫だ。同市が保護した猫のうち多頭飼育の割合は増加傾向にあり、23年度は11月末時点で78.1%。同年度の多頭飼育保護猫数は217匹となっている。
 ただ、道内でも周囲の人が鳴き声や悪臭に気付きにくい地域などで犬の多頭飼育が起きている。昨年6月、オホーツク管内佐呂間町の酪農家の70代男性宅で70匹以上の犬が適切な飼育を受けずにいることが同町の議会報告で分かった。
 対照的に、猫は都市部の個人宅でも周囲に気付かれずに増え、100匹を超えて発見されるケースもある。
■環境省がガイドライン 2021年策定の環境省「人、動物、地域に向き合う多頭飼育対策ガイドライン 社会福祉と動物愛護管理の多機関連携に向けて」(多頭飼育対策ガイドライン)は、多頭飼育を防ぐために行政や地域住民、獣医師、動物愛護団体関係者が、どのように連携するかを示した指針だ。
 自治体などの行政職員、民生委員、福祉事業者、動物愛護関係者らの利用を前提とする。
 解決に向けては「飼い主の生活支援」など3項目を挙げる。特に飼い主については、認知症や知的障害、精神障害、加齢による体力や判断力の低下、経済的困窮が多頭飼育につながっているとして周囲のサポートが必要だと強調している。環境省ウェブサイト(https://bit.ly/3Saxugo)でダウンロードできる。2024年1月17日 11:10北海道新聞どうしん電子版より転載