将来の妊娠に備え、健康な女性が行う卵子の凍結保存への関心が高まっている。若いうちに採卵し、加齢による妊娠率の低下を防ぐのが狙いで、東京都が少子化対策として昨秋始めた独自の助成事業は、18日までに1800人超が申し込んだ。ただ、高額な費用負担や採卵時のリスクがあり、必ず妊娠できるとの保証はない。関係学会や不妊治療を手掛ける道内の医師らは「正しく理解した上で検討を」と訴えている。

 札幌市の看護師の女性(31)は昨秋、凍結した卵子の保管サービスを展開する「グレイスバンク」(東京)のオンラインセミナーに参加した。芸能人やスポーツ選手による卵子凍結をニュースで知り関心があった。「今はパートナーはいないし、仕事に集中したい時期。将来の妊娠の保険と考えれば、やる意味はある」と前向きに検討している。

 一般的に女性は30代後半から卵子の数の急減や質の低下などで、妊娠しにくくなるとされる。日本産科婦人科学会(日産婦)によると不妊治療での妊娠率も加齢とともに低下する。キャリア形成で重要な時期と妊娠適齢期が重なり、出産のタイミングに悩む女性は少なくない。そのため、出産・育児の環境が整った時期に体外受精で妊娠を目指す卵子凍結は「いずれは子どもを」と考える女性の間でニーズが高まっている。

 不妊治療が専門の「さっぽろアートクリニックn24」(札幌市)は昨年5月、ホームページに卵子凍結の解説を掲載したところ、20、30代からの問い合わせが急増。30代の数人が実際に卵子凍結し、藤本尚院長は「道内でも関心の高さを強く感じる」という。

 ただ、卵子凍結は保険適用外で全額が自己負担。費用は実施する施設ごとに違うが、グレイスバンクの2022年の調査では、経験者71人の6割が「50万円以上」だった。凍結後は保管費用も必要で、凍結卵子を用いた体外受精も保険適用外のため、妊娠までにはさらに費用がかかる。

 東京都が少子化対策として始めた凍結保存の費用助成は、都内在住の18~39歳が対象で、30万円まで助成する。説明会への参加が条件で18日までに7773人が応募。すでに本年度の想定の6倍を超す1848人が助成を申し込んだ。都は「経済的負担から諦める人は多いと聞く。若い世代にも選択肢の一つとして考えてもらえれば」と話す。

 福利厚生の一つとして費用補助を行う企業も増えつつある。ジャパネットホールディングス(長崎)は、40歳未満の社員を対象に40万円まで補助する。同社は「社員のキャリアとライフプランを支えるのは重要な企業の役目」と話す。メルカリ(東京)やサイバーエージェント(同)も22年から導入した。

 一方、卵子凍結は身体的なリスクも伴う。採卵には針を使うため、他の臓器を傷つけるなど身体的負担となる可能性がある。卵子は若くても、高齢出産になれば母体へのリスクは通常の出産と同様に高くなる。日産婦は「推奨も否定もしない」立場で、加藤聖子理事長は「メリット、デメリットを理解した上で選択してほしい」と話す。

 こども家庭庁も「妊娠の先送りではなく希望するタイミングで産める環境整備が重要」と指摘。道は本年度から不妊治療費や交通費の助成事業を導入し、担当者は「都の事業と形は違うが産みやすい環境の整備を支援する」としている。

 また、卵子凍結は妊娠・出産を保証するものではなく、海外のデータでは凍結卵子1個あたりの出生率は4・5~12%という。藤本院長は「加齢による卵子の質の低下を回避する方法として有用な選択肢の一つだが、卵子の数など個人差がある。まずは自分の状況を検査し、必要かどうか判断することが大事」と話す。(根岸寛子)

<ことば>卵子凍結保存 将来の妊娠・出産に備え、取り出した卵子を未受精のまま液体窒素で凍結保存する。妊娠を希望するタイミングで卵子を融解すれば体外受精が可能で、受精卵を子宮に戻し妊娠を試みる。がん患者らが治療によって生殖機能を損なわないようにするための「医学的適応」と、健康な女性が状態の良い卵子を残しておく「社会的適応」がある。もとは医学的適応から始まり、国や道は助成制度を設けている。社会的適応は、2013年に米生殖医学会がガイドラインを発表して以降、世界中に普及したとされる。日本でも同年、日本生殖医学会がガイドラインを提示した。

2024年1月20日 18:30(1月20日 20:03更新)北海道新聞どうしん電子版より転載