脊髄損傷に対する再生医療等製品「ステミラック注」を用いた診療について |お知らせ |札幌医科大学附属病院 (sapmed.ac.jp)

 

札幌医科大が総合医療メーカーのニプロ(大阪)と共同で開発した、世界初の脊髄損傷の再生医療治療薬「ステミラック」が2018年末に国の製造販売の承認を得てから5年がたった。この間、投与を行う施設は全国に広がり、約150人が保険診療で治療を受けた。かつて脊髄損傷の治療は手術やリハビリ以外に選択肢がなかったが、北海道・札幌で生まれた画期的な治療薬の登場で、傷ついた神経そのものを再生させることが可能になった。寝たきりや手足がまひした患者が、起き上がったり手足が動くようになり、日常生活を取り戻している。(報道センター 岩本進)

「幸せ、最高です」。23年12月7日、福嶌友架(ふくしま・ゆうか)さん(21)=山口市=が札医大病院の玄関前で満面に笑みを浮かべた。半年近い治療とリハビリを終え、退院を迎えた。2本の足で一歩ずつ前へと踏み出した。

 友架さんは同年6月中旬、助手席に乗っていた車が事故に遭い、大けがを負った。背骨の第1腰椎と第12胸椎の脱臼骨折で、脳から連続する中枢神経の脊髄を損傷。両手は動くが、両足の機能と感覚を失った。

■歩ける確率20%

 事故直後、県内の病院で脊髄のダメージを最小限にする緊急手術を受けた。「歩ける確率は20%」と主治医の篠原道雄さん(55)=関門医療センター整形外科=から告げられた。「ショックでした」と友架さん。落ち込んでいると、篠原さんから札医大での再生医療の治療を提案された。「受けます」と即答した。

▇脊髄損傷の再生医療治療薬とは 患者の骨髄液から採取した間葉系幹細胞を培養・増殖して患者に投与し、傷ついた神経の再生や失った機能の改善させるオーダーメードの薬。治療の対象は損傷直後の寝たきりや歩行不能の重症患者。損傷から1カ月以内に患者から骨髄液を採取し、そこに含まれる間葉系幹細胞を専用施設で2~3週間で1万倍に増やす。この薬を点滴でその患者の腕の静脈に1回投与する。幹細胞が損傷部分に集まり、投与から長期間、さまざまなメカニズムで神経再生や機能改善を促す。効果を高めるためリハビリも半年間集中的に行う。薬価は1523万4750円(1回)。保険適用で自己負担は1~3割で済み、高額療養制度でさらに抑えられる。


 7月上旬、友架さんは山口県内の病院から札医大へ転院した。ストレッチャーに横になったまま。両足はまひし体を起こせなかった。心は不安でいっぱいだった。
 こうして治療の準備と歩行のリハビリが始まった。自分の幹細胞を培養した新薬の投与を受けたのは、8月17日だった。その日のうちに体に変化が現れた。「お尻の筋肉に少し力が入る感じがした」。翌日、前よりも容易に椅子から立ち上がれた。「効果がある。うれしかった」
 その後は札医大と連携する札幌渓仁会リハビリテーション病院に転院し、毎日3時間のリハビリに励んだ。「自分の足で歩いて自宅に帰ることが目標でした」

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治療薬投与前の歩行訓練。装具を着け、手すりをつかみ、後ろから体を支えてもらっていた。「当時は、自力で立つことも足を振り出すこともできず、宙に浮いている感覚でした」(友架さん)=23年7月27日(札医大病院提供)

 投与前は、体幹や足に装具を着け、スタッフが後ろから支え、歩行の訓練を始めた。投与後は、徐々に装具が外れ、平行棒やつえの支えを借りて、少しずつ歩けるようになってきた。

■目標は「自分の足で歩いて帰る」
 10月下旬、午前の訓練で平行棒をつかむ両手をふと放した。2本の足だけで3歩歩けた。午後の訓練で再び手を放してみた。今度は10歩進めた。「道が開けた」。投与開始から約4カ月後の退院時、室内で約400メートル歩けるまでになった。

退院前日、歩行訓練をする福嶌友架さん(中央)。右は札医大の主治医の福士龍之介さん、左はリハビリを担当した作業療法士の小林萬里さん=23年12月6日、札医大病院(畠中直樹撮影)

 

札医大病院の主治医、福士龍之介さん(35)=整形外科=は「当初からは想像ができないほど回復した。自分の足で歩きたいという願望が強く、リハビリも常に前向きでした」と語る。
 札医大によると、機能回復の度合いは患者によって異なる。おおむね半年間の治療を経て退院時に、歩いて帰る人がいれば車いすで帰る人もいる。友架さんは12月上旬、最終評価のためリハビリテーション病院から札医大に再び転院。両足の機能は「動きも感覚も限りなく健常者に近い状態にまで回復した」と診断された。

リハビリに取り組んだ日々を振り返る友架さん

 

「北海道に来てよかった。みなさんに感謝です」。友架さんは、迎えに来た母の康予(やすよ)さん(56)と退院を喜んだ。現在は山口市内の自宅などでリハビリを続けている。
■医学の常識覆す
 国内では転倒や転落、交通事故やスポーツなどで年間6千人が脊椎を損傷し、20万人超が後遺症を抱える。高齢者が軽微な転倒で損傷する例もある。従来の治療は手術とリハビリが主だったが、札医大の再生医療は「一度傷ついた神経は元に戻らない」というこれまでの医学の常識を覆した。

ステミラックの製造販売について国の承認を得たことを記者会見で発表する札医大とニプロの関係者ら=18年12月28日

 

 ステラミックは18年12月28日、国により製造販売の承認を得た。当初、治療施設は札医大病院だけだったが、現在は治療開始の準備段階も含め、秋田大病院、福島県立医大病院、帝京大医学部付属病院(東京)、東京労災病院など全国11カ所に拡大した。製剤施設も当初は札幌だけ。今は東京と2カ所で作っている。
 投与を受けた患者は全国で約150人に達し、半数以上が札医大で治療を受けた。札医大には全国から患者が集まっている。年代は10代~70代と幅広い。札医大の山下敏彦学長(65)=整形外科医=は「治療した多くの患者さんで、手足が動く、歩けるなど機能の改善が見られる。重い副作用は全くない」と話す。承認前の治験では、投与した13例のうち12例で機能が改善していた。

治療の手応えを語る山下敏彦学長

 

ステミラックは国の早期承認制度が適用されたため、「条件・期限付き」の承認だ。いわば「仮免許の状態」(札医大)にある。
 国は、治療した全患者の1年間の追跡調査を義務付けた。また、承認から7年以内の25年末までに、投与した患者と投与していない患者を比較して薬の有効性と安全性に関するデータを集め、もう一度承認審査を受ける必要がある。再審査で「本承認」が得られれば、導入施設がさらに全国で増え、患者が安心して治療を受ける体制がより整うことになる。
 札医大は「本承認を目指し1例ずつ治療を積み重ねている」(山下学長)、ニプロも「期限内の再度の承認申請に向け準備を進めている」(広報課)としている。

長年研究を続け、新薬を開発した本望修教授

 

一方、札医大はこの新薬を、筋萎縮性側索硬化症(ALS)や受傷から半年以上経過した慢性期の脊髄損傷でも保険診療で治療が受けられる承認を目指し、患者に投与し有効性などを確かめる治験を行っている。
 骨髄液に含まれる間葉系幹細胞に神経を再生する力があることを発見し新薬を開発した、札医大病院の本望修教授(59)=神経再生医療科=は「受傷直後の脊髄損傷だけでなく、他の神経疾患で悩む患者さんの治療にも役立つように研究を進め、さらに多くの患者さんに届けたい」と語った。


 札医大病院でステミラックの治療を受けるには、入院する医療機関の主治医による紹介と申し込みが必要になる。詳しくは同病院のホームページ(https://web.sapmed.ac.jp)を参照。

 

 

2024年1月11日 14:00北海道新聞どうしん電子版より転載