勤務医の時間外労働に上限を設ける規制が4月に導入される。救急や外科を中心に医療現場の過重労働が問題視される中で始まる「医師の働き方改革」。ただ、もともと医師不足にあえぐ道内では、地方の医療体制に大きな影響を与えかねない。医師を確保するため、すでに一部の派遣中止を決めた病院もあり、少ない医師で多くの患者を受け入れる地方の拠点病院からは「労働時間の削減に限界がある」との声が漏れる。

 「大学病院などがない道南の医療提供を補ってきたが、医師の働く時間が制限されると厳しい」。道南各地の公立病院に医師を派遣している市立函館病院(648床)の森下清文院長(69)はそう訴えた。

 同病院は4月から、檜山管内奥尻町国保病院の整形外科と渡島管内松前町立松前病院の小児科への医師派遣を中止する方針。現在の人員では、人繰りがつかなくなるなどの理由からだ。

 医師の時間外労働規制は、2019年に施行された「働き方改革関連法」に基づき、24年4月から医療機関にも適用される。原則として月に100時間、年間に960時間が、いわゆる残業の上限になる。ただ、地域医療の拠点として都道府県の指定を受ければ、特例で年間1860時間まで認められる。

 医療機関の時間外労働上限の特例 4月から始まる勤務医の残業規制で、救急搬送の件数が千件を超えているなど「地域の医療提供体制のために必要」と都道府県が認めて指定した医療機関は、特例として残業時間の上限が年間960時間から同1860時間になる。道によると、4月から指定を受ける道内の医療機関は約20件に上る。ただ、政府はこの特例を2035年度末に廃止する方針。

 24時間体制で患者を受け入れる救命救急センターがある市立函館病院も、救急科などは特例指定を受ける予定だ。ただ、住民の高齢化に伴って救急搬送の件数は増え続けており、4月以降は周辺の病院で受け入れ切れない患者が搬送されてくることも予想される。

 現状でも残業時間が月に100時間を超える医師もいる。武山佳洋救命救急センター長(51)は「救急は患者を断れない。制度が始まったらどうなるか」と不安視する。

 日本医師会が23年11月に行った働き方改革に関するアンケートには、道内の212病院が回答した。残業規制に対し道内病院の28・3%が「派遣医師の引き上げ」を懸念、20・8%が「救急医療の縮小・撤退」に不安があると答えた。

 宗谷管内で唯一の総合病院の市立稚内病院(332床)では、1日当たりの外来患者数が700人以上に上る。都市部の総合病院並みの数だが、同病院の常勤医は研修医を含めて38人で、同規模の病院に比べ大幅に少ない。

 同病院は新年度に特例指定を受ける方針。ただ、過去には医師の退職などが続き、内科医全員の残業時間が100時間を超えた時期もある。国枝保幸院長(66)は「労働時間の短縮はすでに進めてきた。制度は地方の病院の実情に合っていない」と話す。

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厚生労働省の医師偏在指標(23年12月時点)によると、北海道は全国平均を21・8ポイント下回る医師不足で、道内でみても札幌圏や旭川などに医師が偏在。残業規制で医師不足に拍車がかかれば、将来的に地方の医療体制が維持できなくなる恐れもある。
 医療従事者の業務効率化を支援する道医療勤務環境改善支援センター(札幌)によると、働き方改革に関する道内の病院などからの相談件数は23年、4年前の50倍に急増した。担当者は「医師だけでなく看護師らも手いっぱいという病院が多く、この先『労働時間短縮が進まない』などの訴えが続出する」とみる。
 道内の地域医療に詳しい城西大の伊関友伸(ともとし)教授は「医師の残業時間に上限がないことが異常だった」としつつ、広大で地域の拠点病院の医師も不足する道内は、各地で診療体制の縮小を迫られると予測する。
 伊関教授は「医師の自己犠牲で成り立っていた地域医療のあり方を、地域全体で考える時期にきている」と指摘。緊急性の低い患者が救急外来などを利用する「コンビニ受診」を控えることや、病院側も医療体制の実情について積極的に公開することが必要と訴えた。(尹順平、岩本進)
 

2024年1月5日 18:10(1月5日 18:12更新)北海道新聞どうしん電子版より転載