急拡大するマンションの”遺品部屋” 相続放棄の増加も背景に | NHK | WEB特集 | 不動産

「すごくびっくりしました。どうして私が…」

ある日、女性のもとに届いた書類。

そこには、亡くなった叔父が残した築50年のマンションの部屋の「相続人」は自分だと書かれていました。ほとんど交流もなかった叔父の、負債も含めた相続に驚いたという女性。

今、住民が亡くなった後、マンションに残された部屋をめぐって、こうした事態が各地で起きているのです。

入居者の死後、そのままの部屋

ことの発端は3年近く前。

千葉県のマンションの住民だった高齢の男性が病院で亡くなりました。

通常、入居者が亡くなったあとは、相続人が部屋や遺品の片づけなどを行います。

しかし男性の場合、相続人が現れず、部屋は放置。

亡くなった男性が所有していた部屋

支払われるべき管理費も滞納が続いていました。

そして、同じマンションの住民たちが対応を迫られたのです。

“隣人”たちに強いられる負担

「なぜ他人の部屋の処分を私たちが…」

このマンションの管理組合で理事長をつとめる佐藤学さんは、そうこぼしました。

マンション管理組合 佐藤学理事長

佐藤さんが暮らす築50年ほどのマンションでは、入居者が亡くなった後、放置される部屋がこの5年ほどで2件起き、対応に追われ続けてきました。

「住民がいなくなった部屋からは、『管理費』や『修繕積立金』が入ってきません。長く放置すれば室内も傷み、マンション全体の価値にも影響しますが、勝手に中へ入ることもできません」

入居者が亡くなったマンションの部屋や遺品の所有権は「相続人」に移ると法律で定められていますが、相続人はいっこうに姿を見せず、誰も入れないまま、部屋は放置され続けていました。

部屋はいまもそのままになっている

相続人探しも、誰かがやってくれるわけではありません。

今の日本の制度では、分譲マンションでこうした部屋が発生しても、自分たちで費用と手間をかけて解決するしかないのが現状なのです。

住んでいた人が亡くなったあと、相続されずに放置される“遺品部屋”。

この問題についてはこちらの記事でも、佐藤さんたちが数年単位の時間と数百万円をかけて解決にあたった経緯などをお伝えしました。

「相続しない」 相続人の事情は

ではなぜ、亡くなった男性の部屋の「相続人」たちは姿を現さなかったのか。

取材を進めていくと、相続人側の抱える事情も見えてきました。

記事の冒頭で紹介した女性も、その1人です。

亡くなった男性のめい

亡くなった男性の「めい」にあたる女性は、そもそも自分が叔父の「相続人」だったこと自体、思いもよらぬことだったといいます。

男性の「兄」にあたる女性の父親は10年以上前に亡くなり、それ以来、叔父とは疎遠になっていました。

「めいの私に相続権があることにまず驚きました。決して仲が悪いというわけでもありませんでしたが、亡くなる前はほとんど交流らしい交流もなく、叔父には借金もあったので、相続放棄するしかありませんでした。叔父が亡くなったのはコロナ禍の時で、部屋をどうするか、話し合う機会もありませんでした」

“相続放棄するしかなかった”

マンションの管理組合が調べたところ、亡くなった部屋の所有者の男性には多くのきょうだいがいましたが、みな高齢で、半数はすでに亡くなっていました。

残りのきょうだいや、相続権のある「おい」や「めい」も、つきあいがほとんどなかったり、住む場所が北海道など遠方だったということです。

数年がかりで判明した相続関係図

さらに調べていくと、この女性を含む親族の多くが“相続放棄”していました。

亡くなった男性の「相続」には、滞納された管理費や借金など“負債”も含まれていて、取材に応じた遺族たちは「放棄するしかなかった」「ゆとりがなかった」と打ち明けました。

相続放棄した親族の1人は、次のように話しました。

「正直、心は痛いです。なんとかしなければ、という気持ちは今もあります。でも、煩わしいことに巻き込まれたくなかったというのが正直な思いです」

そのうえで、こう付け加えました。

「もしあなたが同じ立場だったら、同じことを思うのではないですか」

相続されない“遺品部屋”はどのくらいの数?

誰にも相続されず、放置される“遺品部屋”は、全国にいったいどのくらいあるのか。

その一端に迫るため、国が毎日発行している「官報」のデータを調べてみました。

注目したのは「相続財産※清算人」に関する情報です。

「相続財産清算人」は、ある人が亡くなった後、相続放棄されたり、身寄りがない場合など“相続人がいない”人の財産整理のために裁判所が選任し、多くは弁護士や司法書士がその仕事にあたります。

選任されると、故人の「氏名」や「死亡年月日」、「最後の住所」などの情報が官報に掲載されます。

今回は、2013年から2022年までの10年間に掲載された「相続財産清算人」の選任ケース、45820件を調査。故人の「最後の住所」がマンションなどの集合住宅になっている事例を、部屋や遺品が放置された可能性が高い“遺品部屋”として集計しました。

マンションなど「集合住宅」の“遺品部屋” 10年で約1万件

「相続財産清算人」が立てられたケースのうち、マンションや公営住宅などの「集合住宅」が「最後の住所」となっていたケースは、少なくとも10052件ありました。

白い点の一つ一つが “遺品部屋” とみられる

官報に掲載された年ごとに分類すると、2013年の選任は778件でしたが、2022年には1326件と1.7倍に増加。

相続人がおらず、相続財産清算人が立てられるケースは年々、確実に増加しています。

都市部に集中 最も多いのは東京23区 次いで大阪市

次に、どこの都道府県で多いのか、分析しました。

都道府県別にみますと、東京都が2183件、大阪府が1040件、次いで神奈川県は1032件などと、人口が多い都道府県で多くなりました。

また、市区町村別にみると、最も多かったのは大阪市で567件、横浜市で481件、名古屋市で355件と、こちらも人口の多い大都市に集中していました。

人口比でみると“リゾート地”が上位に 東京都心も

一方、人口比でみると異なる自治体が上位にあがりました。

人口1万人あたりで最も多かったのは、新潟県湯沢町の11.6件、次に静岡県熱海市の9.6件、そして静岡県東伊豆町の7.0件でした。

いずれの場所でも、バブル期に建てられたリゾートマンションや築年数の古い分譲マンションが多くを占めていました。

取材を進めると、価格が下がったリゾートマンションなどに高齢者が移り住むケースが増えていて、所有者が亡くなったあと、相続人がいない部屋や遺品の処分をどうするか、現場で大きな課題となっていることが見えてきました。

新潟県湯沢町ではバブル期に多くのマンションが建てられた

熱海市のマンションの管理組合に話を聞くと、「身寄りのない高齢者が増え、残された遺品や部屋の処分をどうするか、複雑な手続きに頭を悩ませるケースが多くなっている。今後も増加が見込まれ、手続きの簡素化などを進めてほしい」と苦しい状況を訴えていました。

また、東京・港区や中央区などの都心の中心部でも多くなっていました。

横浜の遺品部屋 都市部でも増加傾向に

これらの場所ではもともとマンションの数も多いことに加え、財産があっても独身できょうだいもいないなど、相続人がいないケースが増えていることが背景にあるとみられます。

相続人がおらず、国庫に入るお金も年々増加していて、2021年度には647億円あまりと、2013年度の2倍近くに上っています。

平均は築約36年 “築古” ほど遺品部屋増える傾向

また今回、相続財産清算人が立てられた件数と、対象となった分譲マンションの「築年数」との関係も調べました。

築年数が古いほど件数が多く、築40年以上の分譲マンションが全体の4割以上を占めていました。

築30年以上も含めるとその割合は7割近く(約67%)にも上ります。

分譲マンションで選任されたケースの平均築年数は「約36年」でした。

築年数が古いほど高齢者が多く住んでいることに加え、資産価値も下がって「相続放棄」されやすくなっていることが背景にあるとみられます。

専門家「“隠れた遺品部屋”も多い」

今回の調査結果について専門家は、「官報で浮かび上がった“遺品部屋”の数は氷山の一角で、実際にはもっと多いと考えられる」と指摘しています。

自身も多くの“遺品部屋”となったケースの対応にあたってきた香川希理弁護士は、その理由について「そもそも発生していること自体が気づかれていないケースも多い」ことを挙げています。

香川希理 弁護士

「戸建てと比べて集合住宅では住民どうしの関係が希薄で、隣の部屋の人が亡くなっても気づかないことも多い。親族間の関係も希薄化しており、相続人が気づかず放置しているケースも増えています。また気づいた場合でも、管理組合が機能していないために放置されるケースもあります。実際にはもっと多くの“遺品部屋”が存在しているのは間違いなく、亡くなる人の数が増えていく中、今後も増えると考えられます」

“遺品部屋” どう備えれば?

ここまで“遺品部屋”をめぐり、マンションの住民たちも、突然「相続人」となった親族の側も苦悩している現状をお伝えしてきました。国も取り組みを始めたり、対策に向けた議論を進めていますが、いずれもまだ道半ばです。

こうした中、現場の当事者たち自身による対策や備えの動きも出てきています。

《マンションの住民たちは》

この記事の最初のほうで紹介した千葉のマンションの管理組合が取り組むのは、入居者に何かあった時の「緊急連絡先」を更新し続けることです。

状況に応じて変わることも多い緊急連絡先を常に把握し続けるのは手間がかかりますが、管理組合理事長の佐藤さんは1人1人に声をかけ、更新を呼びかけています。

「問題が起きたらすぐに解決することが大切だが、連絡先が分からず、動き出せずに苦労する経験をたくさんしてきた。住民に繰り返し呼びかけ、協力を求めていきたい」(マンション管理組合 佐藤学理事長)。

《入居者自身の備えは》

また自分の死後、部屋が放置されることのないよう準備している人もいます。

新潟県湯沢町のマンションで1人暮らしをしている70代の男性は、遺言書を作って部屋や財産は親しい友人などに相続することを明記しています。

男性が作った「遺言書」

司法書士にも相談して効力を確認し、管理組合が相続人を探す手間がかからないようにしたのです。

「死んでしまえばあとは誰かがやってくれるだろう、というのでは実際に迷惑がかかる。自分も1人暮らしで危ないので、そうならないようにと思って作ったんです」(男性)

専門家「“早く”解決すること重要」

一方、こうした備えにもかかわらず、多くの人が人生の最後を迎える「多死社会」の中で、誰にも相続されない“遺品部屋”は今後も増えていくことが見込まれます。

もし、自分が暮らすマンションでそうしたケースが出たとわかった時、住民としてどう対応すればいいのでしょうか。

香川弁護士は「とにかく早く専門家に相談し、解決すること」が重要だと強調します。

「“遺品部屋”に気づいた場合、処分には大きな手間がかかるため、放置してしまいがちです。ただ放置する期間が長くなればなるほど部屋の中の状況は悪化し、マンションの資産価値にも影響しかねません。築古で、処分費用の方が上回ることが心配になる場合でも、とにかく早く専門家に相談し、解決に向けて動き出すことが、長期的には資産価値の維持につながり、住む人の生活を守ることにもなると思います」

その上で、マンションの管理組合(住民たち)が過度な負担を追わないよう、制度の見直しも検討していく必要があると指摘します。

「今の法律は、遺品部屋の発生や孤独死の多発などが想定されておらず、管理組合は、原則として“部屋の中”の問題には立ち入ることができません。独居高齢者も増える中、住民自身に対応を求めるのも限界があります。今後は問題が起きた時に速やかに対処できるよう、管理組合側の権限強化なども検討していく必要があると思います」

ひとつではない解決策 今後も探る

誰にも相続されない“遺品部屋”が静かに増え続けている。

この問題の解決のためには、
▽公的なサービスの整理や、
▽相続人調査の手続きの負担を減らすような制度的な支援、
▽不動産管理や物件の資産価値を維持して相続してもらいやすくする取り組みに加え、
▽魅力ある街作りといったアプローチも必要になると思います。

また、
▽超高齢社会で増える身寄りのない高齢者をどう支えるかという福祉的な支援や
▽残される部屋や財産を誰に託していくのかという「終活」などの視点も欠かせません。

解決へ向けた答えがひとつではないことに、この問題の難しさを感じますが、今後もそれを探る取材を続けていきます。

いままさにこうした問題が身近に起きているという方や、「こんな対策がある」といった方からの情報をお待ちしています。

※「相続財産清算人」は2023年3月末まで「相続財産管理人」という名称でしたが、今回の記事では「相続財産清算人」に統一しました。

10月25日(水)午後7時半からの「クローズアップ現代」で放送

2023年10月24日 19時46分NHK NEWS WEBより転載