マタイによる福音書 7章22節
その日には、多くの者が、わたしにむかって
『主よ、主よ、わたしたちはあなたの名によって
預言したではありませんか。
また、あなたの名によって悪霊を追い出し
あなたの名によって多くの力あるわざを行った
ではありませんか』と言うであろう。
マタイによる福音書 7章23節
そのとき、わたしは彼らにはっきり、こう言おう
『あなたがたを全く知らない。不法を働く者どもよ行ってしまえ』
この節はいつも引っ掛かる部分なのだが。。
自分の考察的には
おそらく。。
民衆がイエスを罪化させようと
しているからだと考えている。
だから
悪霊を追い出し
イエスの名によって多くの力あるわざを
行おうと関係がなく
根本原因である罪化の問題に対しての答えかと。。
サピエンス全史には聖書が
フィクションとされている。
しかし
フィクションでは済まされない奇跡が
実際に聖書の中と現実にはあり
因果関係では説明しにくいものになっている。
日本の特性が霊であることに
気付いてから5、6年経つが
聖書を読んでいると霊的向上を
更に加速させられ
イエスの技を学ぶには
もっと霊の探求が必要になってきた。
霊は観えない世界なので聖書だけでは
深みに入り込めない。
聖書だけを読んで
感覚が優れている方は
理解共感出来るかも知れないが
自分には点と点を結んで線に
していくしか無いようだ。
イエスは上から下へ下から上に
左から右へ右から左へ抗う。
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他にファクトフルネスを少しばかり学んだ結果。。
専門分野人はグローバル的に落ち度があるし
グローバル的な思考人も専門分野的な
深さがない。
よって常にアップデートが必要で
分かったふりは出来ず完璧な人間は存在しない。
すると。。
やはり情報を寄せ集める
AIに頼るしかないのかも知れない。
プラスチックにしても
便利さから散々使って来て
善いと思われて来たものが
多くの罪を生み出しつつあり
今や負の現象を生み出している。
正しいと思われていたものが
誤りだった。
陰陽
これからは樹木のように
木の葉を再利用して
自分の養分に変えるような
循環しうるシステムを作るべきなんだと思う。
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3年前からセッションに参加し
最初はファズの方が変わったサウンドが得られるし
より感情的に表現できると思ったので
デジタルのファズ系エフェクターを持って参加していた。
しかし一緒に参加する方々の環境から
自然な音の探求に入ると
歪よりも基音である生音のバリエーションが
表現する上で大切だとわかってきた。
要するに生音とは骨のようなもので
その骨格に歪を乗せ込む必要を感じた。
特にトランジスターアンプと
真空管アンプでは更に音の暴れ方が顕著で
エフェクターでは
アナログだと音の飛び散り方が
より音楽的に聴こえ
デジタルだと音が飛び散らず
安定し過ぎていて、やや味気なく聴こえる。
エフェクター作成者からする未来は
そろそろトランスペアレント系の
オーバードライブよりファズの方が
楽しめるエフェクターであると
考えているかも知れない。
歪のバランスはジャンルを決めるので
重要な問題だと考えるが
ファズから創られる新しい表現も
これからは必要に思う。
独りで考えていると
アート系な思考で生きていた方が
自分らしく思えて来たので
外見も含めて少しばかり
厭味の無い霊的アートスタイルにしていこう。笑
差異響統合対象主義