誰しもが、自分の子へ無償の愛を捧げ、この先の道標となろうとすべく、
最大限の何かを、その未来へと示したいと思うんだろう。
でも、聖人君子には、誰とて、到底なれない。
貴方の過ちを、許そう許そうと生きてきたけど、
ときどき顔を出しては、私を苦しめてきた。
寛容とはなんなのか。
貴方が正しいことを何としても証明してあげたかった。
そして、貴方に教えられた通りに生きてきたこの私が、
間違っていないと信じていたかった。
自分の良心に従いなさい。と言われて、
困ったら母がこれをやったら嬉しいか考えなさいと言われ…。
何度も何度も言われ…。道標の如く、貴方は私に説いてきたけど。
私はこれにどんなに苦しめられてきたか、
貴方にわかるだろうか。
私がやりたかったことのほとんどは、貴方にNOとつきつけられ、
ことごとく違う道を歩んできた私の人生。
知っているのだろうか。
選択してきたのは私だけど、
親って、それぐらい偉大なんだよ。
この言葉の重さを知って欲しい。
この言葉以上の悲しみや怒りはない。
親って難しいよね、良かれと思っていったことが、こうやって娘に全否定されたら、
どんなに悲しいだろう。
これがまた、私のことを本気で思ってくれて、本当にいいと思ってやっていること。
絶対言えない。
母を責められない。
その気持ちはとてもありがたいから。
でも、この悲しみは深い。
母を悲しませるつもりはない。
でも、この怒りと悲しみの深さに耐えうるような、
そんな言葉はない。
だから言えない。
私は延々と傷ついて、このまま終わるんだろうか。
見方を 考え方を 変えないといけない。
この苦しみは、果てしないから。

