ずっと、
ほんまに欲しいもの、食べたいもの、
したいことを、
我慢して、
全然ええからって言って、平気なふりをしてきた。
自分の心に反して生きてきた。
親に何かを頼んだり、甘えたりすると、
罪悪感で自分の存在を消したくなるくらい苦しかった。
わがままを言えば嫌われる。
それに、罪悪感で自分自身を傷つける。
責めて責めて、自分自身を許せなくなる。
罰を与えなければこの罪は消えないんじゃないか、と。
だから、親の機嫌を伺って、期待にそう良い子で生きてきた。
これは、親以外の人間関係にも影響してて、
相手の言葉の裏の真意まで正しく読み取らなければという強迫観念がある。
相手はいいよ、と言っている。
だけど、その人との関係や状況など、
たくさんの情報を考えて、本当に相手が望んでいる答えは?
と深く深く考えてしまう。
そのせいで、人と接することが苦痛でたまらない。
私が出す答えは、正解して当たり前。
相手が喜んで当たり前。
相手が喜ばなかったり、ギクシャクしたり困ったら間違い。
罪悪感、自責の念で潰れそうになる。
いつも、目の前の人の期待に応えることに全力で、気が抜けない。
合格点をもらうために人と接している。
やから、やめる。
目の前の人の期待に応えたり、
深読みすることをやめる。
そこは私が考えるべき領域じゃない。
それよりも、私がすべきことは、
私は私の考えや気持ちを把握して大事にして、伝えることに全力を尽くす。
人がどうしてほしいか、
じゃなく、
私がどうしたいか。
全て私を主語にして、物事を考えていこう。
それで合わないのならしょうがない。
日本人の奥ゆかしさは、もしかしたら私には合ってないんかな。
遠慮して当たり前。
ゆずって当たり前。
我慢して当たり前。
じぶんのなかではそんな感じ。
それよりも、
ウィンウィンの関係が築けるようになりたい。
お互いが対等に主張して、でも話も聞いて、折り合いをつけたり歩み寄っていく。
そうなれたら楽やけど、
信頼関係とコミュ力の高さがいるんかな。
まぁ想像の世界やけど…。
なんせ、私はもう我慢するのは嫌なんや!
我慢したり自分を偽ったり、自分を犠牲にしたりする自分は嫌い!!
私は私のために生きてよ!
私のこと一番に考えてよ!
っていうのが本音。
今までのしわ寄せかな。
しんどかったもんな。
辛かったもんな。
悲しかったもんな。
今は気がすむまで自由にしたい。
ただ、他人に対して無関心になったり、
他人より自分を優先しようとする気持ちが強いのがひっかかるけど。