父親のこと。 | ソラの『幸せをいつも心に』

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なりたい自分を目指し、日々の記録や気持ちの整理・吐き出しをしています。
メンタルクリニック、心理療法は1月11日に卒業し、そこで得たことを活かして、頑張って生きています。

自分をいたわれないのは、父が母を殴るのを見てきた影響もあるのかなと思った。


労わりや思いやりが、両親の間にはなくて、
話し合いとか相談もしてる様子がなかった。


家族に問題が起こると父はすぐ暴力をふるった。
母が子育てで困って、私の弟に手をやいてヒステリックになったとき。
弟が宿題をしないとき。
母が父を無視するようになったとき。
弟が非行に走ったとき。
食事が気に入らなかったとき。



自分の思いの伝え方、人に自分の気持ちをわかってもらう方法がそれしかなかったんだろう。



でも、あの人はそれに甘えていたのもあると思う。
幼い子どもがぐずるように、わめいたり、暴れたり。
そうすれば、私たちは言うことを聞くし、
母も言うことを聞いた。



普通なら、
優しい人なら、
子育てで困っている妻を殴ったり、ご飯をひっくり返してめちゃくちゃにしたり、
宿題をしないからって小さい息子を殴ったりノートをビリビリに破ったり、
せんよね。


わからんけど。
せんと思うんや。



はっきり言って、あの人病んでる。
闇がある。
脆すぎる。



もっと、まともな人が父親やったらよかったのになぁ。


嫌いやなぁ。





母親とも戦ってたけど、
父親とも戦ってた。




晩ご飯が湯豆腐と、親子丼やったかな?
父親は、それが気に入らなくて、
湯豆腐を机ごとひっくり返そうとした。
でも、私はその机からどかなかった。
逃げなかった。

やれるもんならやってみろ!
そう思った。
覚悟した。
大やけどするんやろな、でも、
やってみろや!って。


試したのかも。
命がけで。
この人は私に大やけどをさせるのかどうか。


勝負に出た。



私は勝って、その場は収まった。




私、強かったな。



許せへんかった。
父親の身勝手さが。
絶対許さへん!って思った。
許すくらいなら、怯えるくらいなら、
殴られてもええし、怪我してもええと思った。

あいつに屈するなら、
体が痛い目にあうほうがマシやと。


なんか、強かったな。
なんでやろう。


母親を守りたかったんかな。



土壇場の私の強さは、これで身についたのかも。



まぁかなり偏った強さやけど。




でも怖かったよなあ。
ブチ切れたときの父親ってもう目がイッてたし、
ほんまヤバかったな。
震えるくらい、怖かったよなあ。

どっか行ってほしい、出て行ってほしいって思ってた。


今、離れられてほっとしてる。


まぁ今はもう歳とってパワーも落ちて弱々しくなってるけど。



やから、
優しい言葉かけられても、無理なんです。
そういう姿を見てるから、心も体も拒否する。それは自然なことなんです。
すいませんけど。

嫌い。
怖い。


親しみなんて皆無。
あなた、私の何ですか?
てか、あなた誰ですか?って感じ。

知り合いよりまだ向こうの人。



でも、最近思うのは、
きっとあの人もあの人の意思で、
人を遠ざけてるところもあるんやろうな。


人と親しくしたい、
でも、親しくなりたくない。

この二つの思いを持ってるんやろう。

私もそうやからわかる。


人と親しくなりたいと、渇望する。
やけど、心の傷や、べき思考や、コミュニケーション能力のなさや、
人格の未熟さ、罪悪感、恥の意識、拒否や否定される怖さから、
無意識に人との関わり、親密な関係を避けてしまう。

痛いほどわかる。

そして、それは本人にしかどうすることもできない。

そんな自分を受け入れるしかない。


やから、
それはそうなんだ、と思って生きていく。


父親と関係が築けないのは、
父親のそういうところによって、私が拒否されている、
だから、これ以上近づけない。


また、
私が、親しくなりたい人と親しくなれないのは、
そういうところによって、私が拒否している。

だから、
親しくなりたければ、
自分が努力して心を開けるようになるしかない。
心の傷を乗り越えるしかない。
そうすることでしか、変われないと思う。
ほんま、自分次第。
最近そう思う。