人が望むから完璧でいる。をやめ、自分のありたい自分でいる | ソラの『幸せをいつも心に』

ソラの『幸せをいつも心に』

なりたい自分を目指し、日々の記録や気持ちの整理・吐き出しをしています。
メンタルクリニック、心理療法は1月11日に卒業し、そこで得たことを活かして、頑張って生きています。

誰かからアドバイスを受けたり、親切にされたりするのが嫌なのは、

「完璧な自分」という妄想を破られてしまうからかな。


私は私で最良の、完璧な方法をいつも出しているのに、
横からそれ以上のものを言ってきて、
私の努力も考えてよ!


とか、
これで完璧やのに、それ以上を求めないでよ!
そんな期待には答えられないよ!
その気持ちは受け止められないよ!
って。



常に最善の、完璧な答えを出さなければいけない、そして私はそうしている。
人の親切や助言、期待を裏切ってはいけない、受け取らなければならない。




あんたたちが私に完璧を求めるから、無理して完璧な答えを出しているのに、
そんな簡単にそれを否定して、上から目線でこうしたらいいよ、って言わんといてよ!

頑張って完璧を出してるんやから、それを認めてよ!
あんたらのために完璧でいるんやから、それを受け入れるべき!



私が完璧であるのは、あんたらのため。
あんたらが望むから私は無理をして、完璧でいるのに。




なるほど。





「人のために」
「まわりのために」
「まわりが良い子な、完璧な自分を求めているから」


「してあげてる」
だから
「私を受け入れるべき」
「私を否定するなんて矛盾している」

この考えがあったんや。



これは、結局は
じぶんが嫌われないため、
攻撃されないため
なんやけど、


相手の迷惑にならないため、
傷つけないため、
喜ぶため

私としては、そんな自分が相手のためになるんだと本気で信じている。


やからやっぱり、
他人のために、自分を捨てて生きている。


「相手の願いを叶えてあげたい」
この気持ちが強い。


そのためなら、自分を顧みず行動する。

その思いが強すぎて、
誰かといると自分を見失う。
際限なく尽くそうとしてしまうから。
また、尽くせないとわかったら、
自分には価値がない、
罪悪感と無力感、
私は邪魔な存在なんや、と
その人から離れなければと思う。



人付き合いを考えるとき、
私は相手の望むものを与えられるのか?と考え、
私は面白くないし、喋るの苦手やし、
人間不信で、負けず嫌い
こんな自分は相手が望む人間であるはずがないと思う。




なんか、わけわからんくなってきた。




とにかく、
「人の望む自分でいる」のは間違っている。


人が私に何を望もうが、
私は私のできることをする。
私のやりたいように振舞う。


中学3年ぐらいから、
相手はどんな自分を求めてるのか、それを考えて人付き合いをしてきた。


人を目の前にすると、
この人は私にどうあって欲しいのか?
どうすれば気持ちよく過ごしてくれるか?


そればかり考えてきた。


今、それをやめるのは難しい。

人の望む自分ではない自分って?

自分はこうありたいという自分を目指す。


まずは、こうありたいという自分を考えよう。


大事のは
相手が望むからそう振舞うのではなく、
私の意思で、「そうありたいから」そう振舞う、ってこと。

ありたい自分でいる、強さを養う。


そうすることで、
「してあげてる」気持ちが解消され、
人とも付き合えるようになるかもしれない。