母について考える | ソラの『幸せをいつも心に』

ソラの『幸せをいつも心に』

なりたい自分を目指し、日々の記録や気持ちの整理・吐き出しをしています。
メンタルクリニック、心理療法は1月11日に卒業し、そこで得たことを活かして、頑張って生きています。

うちの母の毒は
「無言の圧力」だ。



食べさせてくれた、着替えさせてくれた、
授業参観にも来てくれた、
誕生日もお祝いしてくれる、
学校や職場など送り迎えもしてくれる、
冗談も言う面白い人で、
明るくて、大雑把で、声が大きくて、
「パワフルでいいお母さん」という感じだろう、まわりから見れば。






でも、なぜか、不確かだ。
「母はここにいて、私の味方になってくれて、私のことを大事に思ってくれている。」
とは思えない。

「もしかすると、明日には家を出ていなくなるんじゃないか?
私のこと見捨てるんじゃないか?
私のこと好きでもないし、大事にもしてないんじゃないか?」
と思う。





私の悩みは、この目の前の母と、自分の感じていることが矛盾していることだ。





なぜ?
なぜそう感じるのか?
これを明らかにしたい。




母から感じるものは、
何かを隠している、
義務感、
逃げ出したいのに必死で我慢している様子、
全てを諦めている様子、
本心を誤魔化している様子、
惰性、
後ろ向き、絶望、
思考停止、
鈍感。



脆さ。




私は我慢強いなと最近思う。
意思で我慢しているのではなく、もう癖になっている。
本当に言いたいこと、不満や文句は、母には絶対に言えない。



それはなぜか?
母が私からの意見に耐えられる精神を持っていないからだ。

母は強いようで弱い。

強くならないといけなかったから、弱くなったのかな。


私からの意見や不満で、母は簡単にヒステリックになったり、心の扉をバタン!と閉ざしたり、攻撃したりしてくる。

私はそれを見るのが辛い。

母を傷付けたくないし、
私自身も母を傷つけるような悪い子になりたくないからだ。


結局のところ、人と本音で会話できる人じゃない。

やから母もものすごく孤独なんだろう。






最近、母の姉と話をして、意外なことがわかった。


母は、若い頃、実家では「できる子。頭のいい子」と言われていたらしい。
そして年の近い姉とよく比べられて、
姉の方はアホやボケや生まれてこんかったらよかったのに!と言われていたと。


私はすごく驚いた。



母は父に見下されて馬鹿にされて、
喧嘩の時も全く言い返せず、

自分でも、勉強できなかった、と言ったり、
財布を忘れたり色んなボケをかますから、

私も、母は昔からそういう抜けてて、賢くない人で、まわりからもそういう扱いを受けてきたんやろなと思ってた。


でも、実は逆で、
賢い賢いと言われて育った。



それを知って、余計母が不憫に思えた。
あんな馬鹿にされて、見下されて、絶対悔しいはずやのに。
美人で、賢いと言われて、ほんまはプライドも高いんじゃないかな。
あんな男となんで結婚したんやろう?って。


あーやから我慢してたんかな?
「私たちのために」



「子ども残して他の男のところなんか絶対行かへんわ!!!」
って声を張り上げて、不倫した女のことを批判してたけど、
逆にその態度が、
あーほんまは子ども置いて逃げたかったんやろな、
「私は辛いけど子どものために耐えたのに!」って本心なんやろうなって。



そういうところからも、
私たちのこと愛してなかったんやろな、
ほんまは、産んだこと後悔してたんやろなって、思う。




高いプライドを私たちのためにへし折って我慢して耐えてきてくれたんですね。


でも、ありがとうとは思わないよ。

ありがとうと思うことは、自分の存在を否定することになるでしょ。





苦労して、我慢して、育ててくれてありがとう。

やから私はしっかり生きて、楽しく生きる。幸せになる。



それであなたは報われますか?