近所のひとや、自分の母親、親戚の集まりのときは、
笑顔で、頼りになって、人が良い、親切な人になる。
でも、家の中では、本当に冷たい。
温かさや親しみの、全くない人間になる。
自分の母親のことさえ、
ほんま年いったらかなわんわ!と心底鬱陶しそうに、吐き捨てるように言う。
車の鍵が見当たらないだけで、自分の妻をダメ人間呼ばわりする。
私に対しても、
私の前では良い父親ヅラをするが、
陰でダメ人間呼ばわりしている。
こういう父を見ていて、私は悲しくなる。
なぜかというと、孤独やなあと思うから。
外面がいいということは、
逆を返せば、
人前で、いい人間でいること、を求められてきたということ。
自分らしくいることではなく、
きっと父親も、「いい人間でいること」を
育ってきた環境の中で求められてきたんやと思う。
外面がいいということは、
人前で自分を出せない、ということ。
誰にも、本当の自分を見てもらえない、知ってもらえないということ。
それは、誰とも、この世界の誰とも、
心が通わないということ。
孤独ということ。
それを、自分の父親から感じて、
物凄く悲しくなる。
そして、父親と私は似ている。
私も、良い人間でいることを求められてきて、本当の自分を出せなくて、
誰ともつながってなくて孤独だった。
私はそんな人生嫌やなあと思うから、
なんとか自分を出していこうと思考錯誤している。
外面が良い父親のことを嫌いだったけど、
今は憐れに思う。
でもどうにもしてあげられない。
近づくと私がダメージを負うから。
それに、親しくもないし、
今までの仕打ちをまだ許せないし、
生理的に嫌いだから。
ただ、生きるの楽ではないやろなあと、それは理解してあげようと思う。