外面がいいということ | ソラの『幸せをいつも心に』

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なりたい自分を目指し、日々の記録や気持ちの整理・吐き出しをしています。
メンタルクリニック、心理療法は1月11日に卒業し、そこで得たことを活かして、頑張って生きています。

父親は、外面がいい。


近所のひとや、自分の母親、親戚の集まりのときは、
笑顔で、頼りになって、人が良い、親切な人になる。


でも、家の中では、本当に冷たい。
温かさや親しみの、全くない人間になる。


自分の母親のことさえ、
ほんま年いったらかなわんわ!と心底鬱陶しそうに、吐き捨てるように言う。


車の鍵が見当たらないだけで、自分の妻をダメ人間呼ばわりする。


私に対しても、
私の前では良い父親ヅラをするが、
陰でダメ人間呼ばわりしている。





こういう父を見ていて、私は悲しくなる。


なぜかというと、孤独やなあと思うから。




外面がいいということは、
逆を返せば、

人前で、いい人間でいること、を求められてきたということ。

自分らしくいることではなく、
きっと父親も、「いい人間でいること」を
育ってきた環境の中で求められてきたんやと思う。



外面がいいということは、
人前で自分を出せない、ということ。



誰にも、本当の自分を見てもらえない、知ってもらえないということ。



それは、誰とも、この世界の誰とも、
心が通わないということ。
孤独ということ。




それを、自分の父親から感じて、
物凄く悲しくなる。




そして、父親と私は似ている。

私も、良い人間でいることを求められてきて、本当の自分を出せなくて、
誰ともつながってなくて孤独だった。



私はそんな人生嫌やなあと思うから、
なんとか自分を出していこうと思考錯誤している。





外面が良い父親のことを嫌いだったけど、
今は憐れに思う。

でもどうにもしてあげられない。
近づくと私がダメージを負うから。


それに、親しくもないし、
今までの仕打ちをまだ許せないし、
生理的に嫌いだから。



ただ、生きるの楽ではないやろなあと、それは理解してあげようと思う。