人に優しくできない理由がわかった | ソラの『幸せをいつも心に』

ソラの『幸せをいつも心に』

なりたい自分を目指し、日々の記録や気持ちの整理・吐き出しをしています。
メンタルクリニック、心理療法は1月11日に卒業し、そこで得たことを活かして、頑張って生きています。


何が優しさなのか、自分の中で答えが出てないから。





たぶん、大抵の人は「これが優しさや」って頭で判断して優しくするんじゃなくて、

今まで生きてきた中で、自分が親や他人から受けてきたことや、
自分が何かをして周りの人間に喜んでもらったり受け入れてもらったりした経験が、
「優しさ」として無意識にインプットされ、
無意識に行動や言動に出るんかなと思う。
「優しさ」の行動や言動の根本はそうやって作られるのかなと思う。




私も自分がACだと気付く前、
自分の中に「優しさ」というものがあった。
それは、
自分を押し殺して相手に合わせること
馬鹿にされても怒らず笑って流すこと
なんでも受け入れること
相手を否定しないこと
相手の気持ちになって考えること
話を熱心に聞くこと
なんでも許すこと
自分というものを持たないこと
いい子、いい人でいること。

これが「優しさ」だと思って生きてきた。



そして、潰れて、
自分の中身全てが崩れた。
「親が私にしてきたことは、「優しさ」ではなかった」という衝撃で、全てがわからなくなった。


ACだと自覚する前まで、自分の家庭は普通だと思っていたし、
私は親から愛され大事にされてきた、と信じていたからだ。
それだけ、親の洗脳が上手かったということだ。
本を読み、全てのつじつまが合い、崩壊した。


自分の中の、何が正しくて何が間違っているか、
何が悪で、何が優しさなのか、
今まで築いてきた「偽りの自分」が崩壊して、
でも、生きるために、その崩壊した自分を迷いながら寄せ集めて、なんとか自分を成形していた。



本を読んだり、カウンセリングを受け、
少しずつ整理して、
新しい自分を形作っている。



そしてなんとか、働けるようにはなった。
上辺だけの会話はできるようになった。




やけど、人付き合いに関しては、全くどうしたらいいのかわからない。

優しさが何かわからないからだ。


人から優しさを受けるにしても、
「これは私を洗脳させようとしているのかも」
「私に恩を着せたいのか」
「優しさを使って私より上に立とうとしてるのか」
「これは優しいフリをして、私を試しているのかも」
世間体のため、見栄のため、ダブルバインド…
人から優しくされたとき、
いちいち頭を使って判断をしなければならない。

こんな自分を感じた時、
私は優しさを知らないんだなあと思って悲しくなる。



私が誰かに優しくするときも、
相手に自分を投影して、
「優しくしても受け取ってもらえなかったら嫌やし…」
「自分は相手に優しくするような余裕も立場でもないし…」
自分の優しさを疑われると思い、それが嫌で人に優しくできない。


優しくするってのが、どういうことかわからない。




「優しさ」やと思ってきたものに、自分を抑え込まれ、縛られ、苦しめられてきた。



親の優しさは私に罪悪感を植え付け、
私を殺すほどだった。



もう優しさにはこりごりなんや。
優しさは凶器や。




やから人と接することが嫌い。

こんな異常な私も嫌い。

やから人間社会で生きるのは向いてないと思う。




なんか、自分のことをまた知れた。
すごく大事なことを。


でも私は私の見方や。
自分だけは絶対自分の味方や。