友人と遊んだ | ソラの『幸せをいつも心に』

ソラの『幸せをいつも心に』

なりたい自分を目指し、日々の記録や気持ちの整理・吐き出しをしています。
メンタルクリニック、心理療法は1月11日に卒業し、そこで得たことを活かして、頑張って生きています。


久しぶりに一対一でがっつり話したから、
会話の仕方がわからなくて困った。

いつものように自分の脳内でぶわーって考えが巻き起こって、会話どころじゃなかった。

でもなんとかぎこちなくても話ができて楽しめた。



会話って慣れが必要やなと思った。



ほんまひとりよがり。
相手の心への寄り添い方がわからない。

とりあえず、評価したり、裁いたりするのは意識的にやめてみた。



情報整理が下手。
どんどん情報を得ても、それをつなげたり、解釈したり、
相手の言いたいこと、心理状態をはっきりできずに、わかったふりをして話を進めるから、結局きちんと理解できずにハテナで終わる。
話の消化不良。




あと、共感する姿勢ではいたけど、
それがほんまにええことなんかがわからん。
ほんまに思っとんかよ!うそくせーと私の中の私が突っ込む。

共感する姿勢イコールいい子を演じてるんじゃないか?

私は素直でありたい。
自分は違うと思うことは共感せずに違うと言うのが素直な自分なんじゃないか?

共感しなければならないと思う自分は結局、
相手に気に入られたいからそうするのでは?
結局あざといだけなのではないか。


共感ってなんだ?



共感しようとする自分が嫌いになってきた。



私の場合、
評価、裁くのは上から目線やし、そんなもの相手も求めてないし、会話も楽しくならない、偉そうなことを言って嫌な気分にさせたくない。嫌われたくない。やからやめよう。
じゃあ評価じゃなく、その話に共感しよう。とにかく、相手の気持ちをわかろう、
わかったことを示そう。
わかってないのに、わかったふりをする。
相手の心を知ろうとすること、じゃなく、
共感している自分に意識が向く。
相手の心から、自分が相手に共感できているかできてないか、に意識が向く。
結局、自分の意識は自分にしか向いていなくて、相手の心は見ていない。




私は自意識過剰すぎて、自分のことしか見てない。

相手の心なんて見てない。



やから、評価とか、共感とか、そんなことより、
相手の心に意識を向けたい。

でも、そのためのコミュニケーションの仕方がわからない。


自分が何かするとき必ず、
自分はちゃんとできているか、
自分に意識が向く。



やから人間とのコミュニケーションはほんまに苦手。



共感するって何?

共感するって、自分が相手の立場になったら、あー自分もそう考えるなぁ、わかるわぁって感じること?

もしそう感じなければ共感しなくてもええの?

私違うわぁって。


よくわからん。




とにかく、自意識過剰を直したい。


だいぶマシになったけどなぁ。

全員に好かれたい、よく思われたいってのがなくなったから。


男性に対する自意識過剰は今も改善されてないけど。
魅力的にみられなければならない、
私のことを性的な目で見てる、
私のことを好きになったんじゃないか、
って。

頭の片隅で思ってる。
自分的にこれは気持ち悪い。

男性が苦手やし喋るのも緊張する。


原因はわかってる。


辛いなあ。
この先恋人できるんかな、結婚できるんかなって。


克服してみせるけど。






全体的に考えすぎ。
脳内ルールが多すぎてわけわからんようになる。
ひどい話や。


もっと自由に振る舞えたらええのになぁ。


あれはだめこれはダメ。


ありのままの自分を出すのがまだやっぱり怖い。



少しずつでいいっか。



まだまだ課題はある。
やから挑戦も失敗も克服もできる。
生きてるわぁ~




なんかすごい何かを焦ってる。
友だちめっちゃ可愛くなってたから、私ももっと女らしく可愛くせなあかん!って焦ってんのやな。


したいけど、お金もないし、女らしくする理由もないし、目的もないし。
どっちかといえば、地味にして、目立たないようにしたい。
清潔感さえあればいい。
女として見られることを今は避けたい。

やからいいやん。