こんにちは

助産院あいのわ 代表助産師 安藤綾子です。
前回の続きから生理のお話。
生理とのおつきあいは30年以上と、前回のブログでかきましたが、生理痛とのおつきあいも同様の期間です。
生理はだいたい、1年に12回ですから、30年ともなると今まで360回以上、出血と痛みを繰り返してきたことになります。私には子供がおりませんので、妊娠から産後までの間、生理がないというという経験がありません。
そのため、私の子宮と卵巣は馬車馬のように休むことなく働き続けています
ありがとう
それはさておき、
生理痛です
私の場合は、
生理の1週間前から体がだるくなり、胸が張っていたくなり、腰が重くなり、じんわり下腹部の鈍痛がはじまります
いざ、血が出始めると、下腹部の痛みはぎゅーん
と
強くなり、まるで、子宮がねじれて絞られているような、なんとも言えない激痛が走ります。
小学生の時は今思えばそれほど強い痛みではなかったの
かなと思います。
中学生になると、痛みは強くなり、ひたすら我慢

こんな格好で過ごすとちょっと楽になるのを発見したのも
この頃。
両親はほんとにそんなに痛いもんなのかと疑問の表情・・
(母は生理痛がほとんどない健康的な体をもっているので、私が痛がっていること自体、理解ができなかったと思う。)
高校生までは、生理の3~4日目まで下腹部の痛みと腰の重苦しさはつづきました。
高校生の頃は、「鎮痛剤」という画期的なアイテムを
手に入れました

痛みの時間が減ることは、その時の私にとっては幸せなことだったのです!!
そういえば、高校時代の
なぜだか忘れられない出来事があります。
鎮痛剤を切らしていたその日は、生理痛に耐え、授業を受けていました。
そんな時、男の先生が問いに答えろと私をさしました。
はぁーっ



!!と思いましたが、苦悶の表情だったと思うので、ふてぶてしい態度に見られたの
かもしれません。
私は、痛くても、我慢して座って授業を受けているのに、問題を解かせるなんて、すんごく腹が立ちました。
生徒がつらい思いをしているのに、なんでわかんないんだ、この人は
!!
当時の私、悲劇のヒロインぶって我慢して、「大丈夫?」気づいてもらいたかっただけでのこじらせ女子
自分の体の心配を、自分じゃない他人からしてもらうことに価値を置いていた時。他人軸。
自分から、保健室で休ませてくださいっていえばいいだけだったんだけど
。
そんなこんなで、30代半ばまで、バファリン、イブ、ボルタレン、ロキソニン等々の鎮痛剤とホッカイロを駆使して、生理痛と闘ってきました。
生理痛等の闘いと書きましたが、以前は本当にそう思っていて、生理なんてなくてもいい、妊娠する時期だけは我慢してやるという傲慢な気持ちでした。
若かりし私は、西洋医学を基本として学び、働いてきたので、エビデンスに執着していました。
でも、自分の体の不調は、今までの学びや経験にはないものでした。
私は医療関係者のくせに、自分の体のサインを無視して、
対症療法のみをおこなってきたんですねー
病気がないか、ちゃんと調べるように何度も忠告してくれた医師がいたのに、鎮痛剤でごまかしてまいりました
しかし、はたと気づきます。
もしや、私の不調は養命酒のCMでいう未病というのに
当てはまるのではないかと思い始めます。
そこから、自分の体の不調の原因に向き合うべく、
東洋医学を勉強し始めました。
でも、問題がありました。私は3日坊主。
今も少しかじるように勉強しては、中断しての繰り返し。
でも、少しずつ身になっているに違いないと思いながら、
ゆっくり学んでいくつもりです
。
そういえば、本当に養命酒を飲んでみた時期があります。
良薬は口に苦しとも、漢方は合えばおいしく感じるとも
言いますが、飲み続けることができませんでした
味も香りも、かなりの我慢が必要でした
乱筆・乱文をお許しくださいませ。
次回へ続く。
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