(指定暴力団の様に、安心出来る場所は事務所だけで、裏で片身の狭い思いをしてはいませんので。)

「自分は正しい、何が悪い!そいつ(無関係の“タ-ゲット”)は悪い奴で、人間じゃないから殺すんだ(集団で嫌がらせ、人生の破壊をし続ける)。」という姿勢ならば、弾劾されない限りは永遠に続く事でしょうから。洗脳の手前でも先でも、とっくに「まともではありません」からね。


しかし自分の場合は。
このブログにて早くに説明してはおりますが、「拉致/遺棄された見知らぬ土地」という事であり‥しかも、実にへんぴな場所のでありまして。
その上「わざと、人生が先へ進められない様に」(主犯の)両親経由でされて来ていた訳なのでありまして。
どうしても、「‘組織’とは切り離しても(無関係でも)、あまり‘普通’ではない土地」からの嫌がらせ、排他的視線が有りますからには‥99.9999%確証の有る(エリアに関係無く、露骨な異常極まりない状況/物的証拠多数)組織なのかどうかなのかの境目が、実に曖昧になっているのではございます。
とは言えやはり。このエリアの方が、圧倒的に犯罪被害に遭いますね。確率は、離れた土地の比にはなりません。
組織にしても、当事者(タ-ゲット)の‘地元’の方が、得意の‘風説の流布’にしましても、行動の追尾(要は付き纏い)にしても、やりやすいという所は、有るはずにはなりますので、当然の話と言えばそうなのかもしれません。
(ただ、土地自体もどうかしてはいるのでございます。)

何も知らなかった頃は‥本当に混乱させられていたのは、言う迄はございません。



とにかく…‘危険’なのです。
感情というのは自身が味あわなければ、なかなか理解する事は出来ませんね。
こういう集スト被害のブログなども、同じ被害者であっても、時間が無ければ、疲れていれば、他にやりたい事が有れば‥読みたくなくなるのは事実にはなりますので。
被害者の方々、すみません。
m(__)m

‘殺人’にも、それ以上にも匹敵致します。
筆舌に尽くし難い部分が大半になりますが。

指定暴力団と違う所は、「‘一般市民面’して、一般市民に混ざっている」事になります。解決される日が来なくてはならないのでありますが‥それは現時点では、有り得ないと言わざるを得ない所になっているとは考えられる問題になるのでございます。

いつもの如く、気が向けば長ったらしく書く文章
m(__)m
普通の人間らしき人も居ます。スト-キングの事も創価の事も、何も知らないでしょう。
しかし中には、そういう「ふざけた真似を毎回の様にする」のが混じっているのです‥


精神的にでもではありますが、こうして現実に人生を「‘制限’させる」形になる場合は直に、‘危険’だとはっきり分かった思いです。
嫌な思いをしながらも、仕方なく買い物を続ける。それでは何だとも思い、‘意思表示’をはっきり示してみたのでしたが‥
結果的には、「買い物が出来ず、人生を直に削られた」のでありました。この習慣を続ければ、途端に人生は終わります。
どちらの方が良かったのか。考えてみなくてはなりません。



創価系企業でも。
実際には大半はまともな日本人です。(もし在日の人が居てもまともな人でしょう。)創価系で有る事は全く知らず(勿論集ストについても)、普通に真面目に働いているのです。
(明らかに「異常な」のはいましても、それは街中/店内/電車内の至る所に居るので、創価系とは関係無いという所になるレベルなのです。)
創価、創価と色々言われてはいても…事実、店でも企業でも(与党でも)、もう多く社会に浸透していて、避ける方が難しいのだから。そこは一つ、「普通に接して(見て/捕らえて)いても」むしろそれは‘自然’なのだから良いのかもしれない‥
(避けられないからには、仕方も無い)
そんな風に思おうと思ったりも致します。
社交辞令でも、意外と親切だったりすれば、尚更になるのであります‥

が。
この様な「明から様な、剥き出しの」‘差別’等を行うのであれば、それはもう‘殺人’に匹敵しております。

“仏敵”と、勝手に‘タ-ゲット’を決めては、集団で「バレない(捕まらない)様に(当人には最大限苦痛を与える様に)」攻撃しまくるという裏の顔を持っているならば、それはカルト=危険集団にしかならないのでございます。

※脱会した、入会を断った(自分の場合は後者)等の勝手な理由で、徹底的に非人間扱いし、追いやる。
敵視し、やれる限りの異常な行動を行う。
‘宗教’を名乗る方が、思い込み、それ以上の‘洗脳’は起こりますので、指定暴力団よりも悪質になる事は、有り得ると考えられます。
(実際には「どこも信心深くなど全く無い」のです。)
何しろ、「自分は良い人で正しい事をしているのだ」と‘(元)普通の人’が思い込み、日常の中で動めいている訳ですから。


(続⇒)
ダイ〇-(〇〇系企業)に入ったら‥

誰も居ない入口付近。レジは直ぐで店員は1人。
何かをしながら‥こちらの入店に気が付かないはずは無い、目の前で。
チラ見しながらも「何も言わず」…

「どうせ、またいつも通りか‥」と思いきや。

前にさんざん書いた「キャッシャ-の音を(わざと)プ~~~~~ッ!と「いつ迄も」鳴らす」のをやりました。
客は、自分以外皆無。

もう、さすがに頭に来たので、買い物カゴを即座に置き退散。

連絡通路で隣のス-パ-へ向かう背中の後ろで、しばらく鳴り響いたその音が止まりました。


単に‘嫌がらせ’をする事だけでも、回数/タイミング/内容次第で完全に‘人権侵害’になります。
何か言えば、とぼけて、逆に馬鹿にして来る事、それを永遠に続けるという事ははっきりしていますから(第3者が入っても。第3者の中には「理解する人」は居るでしょう。それでも‘弾劾’はせず、または分かろうとせず、逃げて「悪を許す(放置する)」のです、殆どの場合。関わりたくないですからね、面倒な話には。)

しかし、今回強く感じました。
こうして、現実に人生が「‘制限’される形になる」場合、もう完全に「人生を削られて」いる話になるのです。
精神的には全てそうなのですが、現実に「買い物が出来ない」場合、当然もう生活は出来なくなります。

精神的な差別と制度的な差別、二つに分けられるとも言えるのですが。制度的にやられると。
何とかなる内で理性的に行われれば、精神的にやられるより我慢は出来るかもしれません。
しかし、生きる根源の‘買い物’迄「削られた」場合。命に直接関わるので、精神的嫌がらせより悪質になる事を、初めて味あわされた思いが致しました。

アメリカ(主に南部)の黒人達も、この様に両面からズタズタにされていたのでしょう。
(現代でも、難癖を付けられ、多数の白人警官に蜂の巣にされ銃撃され、未成年が殺される事件は後を絶ってはいません。)


モバのサ-クルにて「創価」に関する書き込みに、「大創もですよね」とレスしていたばかりでした。
それに反応したのかもしれません。


その1人しか居なかった店員の他のも、閉店後ゾロゾロ出て来て車で帰宅して行きました。
自転車に荷物をくくり付けている自分の側で、大声で「お疲れ様でした」等と「普通に」会話していました。


(続⇒)
「人の居ない所で倒れる木は音は立てていない」の話になるのです。

盗聴等の犯罪によって、プライバシ-の侵害によって知り得た知識は存在していないのです。
まともなら、犯罪がバレる事になる為に後ろめたくなりますが、開け直った(巨大)組織カルト等になると、むしろ逆に、誇らしげにそれを振りかざすかの様に接するのです。

少なくとも‥証拠は無くとも、自分にはその様にしか受け取れておりません。
人間性や社会秩序の問題になるのですが、そのどちらも崩壊しているならどうにもならない話にはなりは致しますが。
知るはずの無い事を知っているからと、それに基づいて「態度を変えて来る」。そういう事が平気な神経と思考の持ち主というのは居る物です。
誰かに聞いたから、等だけで、行動する。

自分はそういうのには反対の立場を取る人間になります。


集団スト-カ-(自分の場合は創価学会に勝手に自分を入れかけた両親が最高の‘内通’者だった)の場合、盗聴から何からしています。
それを周囲に言い触らしたりして‥

組織の存在は99.9999%確実で有ると同時に、意図的にか変な場所へ拉致されて来て置き去りにされた自分。
人口も無く、いわゆる‘部落’めいているそこにおいては、差別意識は当たり前で、個人情報もプライバシ-も有った物ではございません。
ついでに法律も殆ど分からないのでしょう。分かったつもりで裏をかいて無視しているとも言えるかと思います。(尚更悪いという話になるのでございます。正確には分かっていない訳になるのでは有りますが。)


もう、色々入り乱れて目茶苦茶なのです。

普通にやれている人の中にも、軽く噂などだけで判断して当人への態度や対応を決めるというタイプの人が居ますから、カルトはそれを見て(分析して)、そういうレベルを基準にして、たかをくくり人々/社会の裏をかいているのではないでしょうか。
一般の(普通の、まともな)人々がもう少し思慮深く、冷静に、責任感を持ち生きていれば、カルトなんぞが入り込める隙は無いのではないかとは自分には思われます。
他の色々な意味/面においてもです。この世の有様全般についてになります。


真面目に陰謀を語ればそれに‘論’などを勝手に付けて茶化すだけで、聞く耳を持とうともしない。カルトにとっては、都合は良い事でしょう。



カルト(の類)というのは‥
丸で‘保護者’ででもあるかのごとく、被害者(タ-ゲット)を‘管理’していると言えます。
自分が危害を加えているくせにです。

人生/行動、そして精神までも、勝手に決め付け管理していると言えます。
人間では有りません。

しかしそれは、一般の社会にもそれを否定出来ない部分が有るから、その裏をかいている(分析し真似し)と言えてしまうかもしれないのです。
(完全にそうなのです、残念ながら。)
悪くなく、まともな人々全員が、もう少し意識をしっかり高く持っていれば、カルトの存在にも気付き、裏で暗躍させ野放しにさせなくなります。
いつ迄も、始めからいきなり、変わる事無く「差別」されていると、毎回吐き気を催し、精神全体がグラ付きます。
以後の思考にも行動にも多大な影響が及ぼされます。


堪えられる人、気にしなくて済ませられる人というのは凄いです。自分の場合はそうではありません。

毎回、自分にだけは「いらっしゃいませ」等言わない店の店員。そのくせ、何か言いたげな様にジロリと見て黙って通り過ぎれば、吐き気を催します。


同じ派遣で入っているのに、自分だけ馴れ馴れしく「お前」呼ばわりしたり、理屈の通らない難癖を付けなくていい所で付けて来たりする、意味の分からないクズ。
(他の人間は間違えていても親切に会話、自分には責任は無くとも言い掛かりを付ける等。)
1対1かそうでないか、周囲に人が居るか居ないかでも態度は変えるが、目線はこちら程まともには合わせられず、どこか泳いでいて、ビクついている感じは受ける。
しかしその手のクズはしつこい、決してやめる事はしない。
仲良くなった(気付いて反省した)様に装っても、必ずすぐに復活させる。

小学生の腐ったのの様なのがそのまま大人になり、死ぬ迄その調子なのだろう。


何はともあれ‥‘差別’というもの程絶対的な凶器は、存在しないと言えるのかもしれません。
固体がやろうが土地全体でそうだろうが、ある‘組織’がやっていようが。
結局、前回擦り減り交換して置いておいたタイヤを使う事にし、走行は可能にはしました。

その破裂したタイヤはまだ残りはだいぶ有りました。
パタ-ンの溝が、長さ4~50cmの範囲に渡り裂けていました。穴の所からは完全にチュ-ブが露出する有様。


実は始め発車する際、「何でか?」と思う程に空気圧が低くなっていた為、入れてから発車していました。
が、馬鹿げて圧を高くした訳ではありませんでした。
書いた様にリムの接地も無かったのに「謎の炎」を暗闇ではっきり目撃。

二度目の修理中の時にも、圧はまだ半分ぐらいの時に破裂が起こりました。

始めの時、炎など出る訳が無いので、「タイヤとチュ-ブの間に火薬でも仕込んで、圧力で爆発を起こしたのか?」等と勘繰りも致しました。

二度目の「謎の白い粉」は、入っていたパンク防止(又は簡易修理)剤が吹き出した可能性は考えられる所にはなりますが、なぜ高くも無い圧力でなったのかは丸で理解は出来ていません。

中学に入った頃からいつもパンク修理は自分でして来ました。
(前回6万キロ走ったバイクも全部自分でやっていました。)
圧が高過ぎれば、リムとビ-ド(タイヤを一周している、リムに引っ掛ける為のワイヤ-)の隙間からキノコのごとくチュ-ブがプクッと飛び出します。それでも破裂はせず、数周回る際にリア ア-ムに当たり、摩擦で破裂するのです。
いきなりバ~ンとなる事は珍しく、しかも今回は二度共リムとビ-ドの隙間ではありません。
まともにタイヤを突き破っています。
一度目にはっきり見た炎と言い、不可解極まりなく、勿論初めて体験した経験になりました。


「まだ一般には知られていない、塗る火薬」がもし有れば‥タイヤの内側に一周塗られた事になります、ジェ-ムス ボンドの007の世界の話みたいになりますが。
それで、二度も‘爆発’したという事になります。

※夕方、犬達がうるさく吠えていたのでありました‥
その後の出発時の話になりました。

(おかげで閉店時間が次々迫り、予定通りの買い物は出来なくなりました。)


※路面に吹き出しこびり付いた白い粉の画像をUPします。

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今晩の出来事。


さぁ、出掛けようと思い自転車で出始めると…

前輪が「バ~ン!!」と物凄い音を発し、その瞬間‘火花’をも発してチュ-ブが爆発しました。

空気圧が高過ぎて破裂するという事は有ります、自転車好きの自分は経験は有ります。

空気しか無くて‘着火(発火)’するという事は、有り得るのでしょうか?

緊急停止し、押して戻る間、始めはまだ空気は半分程は残っていました。
それでも「金属のリムが路面に接着して火花を発する」という可能性は無くは有りませんが。
上から確かにこの目で目撃下野は、赤/オレンジ/黄色の混じる紛れも無い‘炎’としか見られませんでした。上記の現象の場合、オレンジの単色になりますし、火の粉が飛び散るのと炎が燃えるのとでは違います。
また路面も濡れていました。
上記の現象なら、完全に停止する迄火の粉は出る可能性も有りますし、何よりも鈍い振動はすぐに伝わり、ガリガリと嫌な音もします。滑るので点灯の危険すら伴います。
「まだ半分ぐらいは空気を残して緊急停止」出来ました。リムを路面に擦らずに済みました。
‘炎’をはっきり目撃しました。

戻りチュ-ブを見てみますと。
大きく穴が空き、バ-ストに近い有様でした。
(1cmには満たない穴ではありますが、十字に裂け、穴の部分のゴムは欠損していました。(外した際に落としたのでしょうか。暗くて良く分かりませんでしたが。)

仕方なく、その穴を無理にパッチで塞いでみたものの失敗。
それではと、もう少しましなパンク後交換して置いておいたチュ-ブに交換。
前回の小さなパンク穴はすぐに直せましたので装着。空気を入れましたら…
まだ半分程度しか入れていない段階で…

ギュッとポンプを押し込んだ瞬間‥またも「バ~ン!!」

丁度接地していた辺りから勢い良く空気が吹き出し、タイヤは裂けました。
その際‘白い粉’が30cm程に渡り横へ吹き出し、路面にこびり付きました。

そのチュ-ブに、以前パンク防止剤なんかを注入したかどうかは、はっきり覚えてはいません。
その2回目の破裂(爆発)時は、炎は目撃はしませんでしたが。

それでまたもや「大きな穴」が空いたチュ-ブ。また大きなパッチで無理矢理直してみました。
うまく行き空気は入れられましたが‥何しろもうタイヤが裂けてしまったもので、走行は不可能になりました。


(続⇒)
一度過ちを犯せば…
もう、まともに生きる価値は無くなります。

それで。
それ迄守り続けて来ている事柄を、続ける意欲も無くなっている事と併せて‥やる気にはならなくなりがちのはずになります。
そうすると…

あとはもう、いくらでも地獄へ堕ちる期間も程度も、悪化させるべく方向へ向かい始めるというのは、ごく自然の事になる話ではございます。

意欲は無くなり。
値打ちも無くなり。


しかし。
本当に正しく裁かれるので有れば、程度も期間も考えるに越した事はありません。

負の連鎖は、それは恐ろしい物になります。

価値も、意欲も。


社会的に人や社会へ責任が有る場合、それが大きくなればなる程、ただ当人だけの問題にならないのは、当たり前の話にはなります。
当人はいくらでも地獄へ堕ちれば良いですが、社会的には責任を取らなくてはなりません。
取れなければ、とりあえずは引かなくてはいけません。
しかし、そんな事は全く気にもせず、認めすらせず、責任も取らず引きもしないのがほぼ全てかとも見受けられは致します。

※社会でなく個対個でも同じ話にはなります。


それでもなお、生きていれば生きなくてはならないという方の責任は担い続けて行かなくてはならない、という人は多いかもしれません。
まだまともな範囲に居る事には居る人にはなるのではありますが。



カルトに、半ば自ら洗脳され、楽な道(異常極まりない)を選ぶと、抜けられなくなります。
反省とかそんな言葉からは、一切逃げ切るのみになっているはずにはなりますが、例え悪くともうまく生きられずとも(カルトのせいだったりして)、それでもまともな人間にしてみれば、そんなのは相手にもしない存在となります。
被害を受けていてもそれは同じになります。