さらっと放たれた言葉は、
まるで世界を
見透かしているような
皮肉に満ち溢れ、
舞台を掛け抜けてました。


きっと野田秀樹は、
『めざし』が食卓から
姿を消してることを憂いながら
今回の『パイパー』を書き上げた、に違いない。


なんせ、1000年後の火星などという、
誰も見たり聞いた事がない世界を、
人類が目指し、どう生きてきて、どう生きようと
しているかってのを描いているのだから。


さて、宮沢りえちゃんと松たか子さん、
分する姉妹の記憶とキーアイテムのおはじきの記録が、
対比的にあって物語をなしているのですが、
なんて言ったらいいか、「記憶によって人は、
人が生きるために目指すものを見つける」、
というのがメッセージに含まれていたような気がしました。

と、いうのは、今という時代に生きる人は、
頭脳に記憶をする事が減り、
頭脳に記録(感情を共あわない)をするようになっていて、
生きる『めざし』を見つけられずにいるんだなーと思うのです。

そして成れの果てが、劇中にいる『パイパー』だったのかと。


たぶん、もう一回観に行きますはっぴー