最近は木造船を見かけなくなった。日本国中何処の漁港へ行っても木造船は見かけない。ＦＲＰ船が波及するまでは漁船はすべて木造で、それが日本古来の造船文化だった。大型船やタンカーは鋼船になっても小型漁船の建造には木が使われていた。

子供の頃、木造の動力漁船と櫓で漕ぐ木造伝馬船がほとんどだった。当時は小型船の免許制度はなく、漁村では小学生でも機械船を操船して家業を手伝っていたのだ。野人が釣りや潜水や海水浴に機械船を乗り回していたのは中学生の頃だった。相当大きな木造漁船で、クラスメート１０人くらい乗せて島へ遊びに行っていたが、使わなくなった廃船寸前のボロ船だったのでよくオーバーヒートしていた。そんな時はのんびりデッキで寝そべり漂流、エンジンが冷えるのを待って、再び「ドドドド～！」とエンジンを始動、目的地へ向かっていた。冷えるのを待つ間はボートピープルのような何とものんびりした時代だったのだ。

櫓で漕ぐ伝馬船を乗りこなせるようになったのは確か小学４年の頃だった。子供には櫓は重すぎて、練習してもすぐに外れるし、同じところをぐるぐる回っていたものだ。

観光地の池や海水浴場で、手漕ぎボートやカヌーを経験した人は多いと思う。オールでの推進力は想像がつくことだろう。イメージしてもらいたいのは、５人がかりでも持ち上がらない木造船に１０人乗せてオールで漕いだら船は進むかと言うことだ。オールでは進むはずもないが櫓は簡単に進む。小学生の野人は、お盆で里帰りしていた１０人近い親子連れを乗せて、２０キロくらいの重さの櫓を漕いで、１キロ離れた浜まで海水浴に連れて行っていたのだ。腕で漕ぐと言うより体重を乗せたリズム、つまり全身で漕ぐのが疲れないコツだ。中学生の頃は片手で櫓を漕ぎながら片手でハマチを釣っていた。オールと櫓の推進力には「決定的」な違いがある。オールは単なる力学だが、櫓は「航空力学」なのだ。まさかと思う人もいるだろうが、帆掛け舟の単純な力学に対して帆船やヨットの推進力は航空力学だ。原理を簡単に言うなら、帆のカーブによって帆の裏表で風の流れに速度差が生じる。風圧の差は、高気圧から低気圧に向かって空気が流れるように、カーブの内側から外側に向かって押し上げる力が働く。鳥の羽根や飛行機の翼と同じ原理で「揚力」と言う。櫓もこの翼と同じ微妙なカーブを描いている。オールは簡単でも櫓を作るのは難しく職人技だ。櫓の場合は船尾で同じ間隔を行ったり来たりさせて船の「後方斜め上」の方向に揚力を発生させている。それを推進力にして船が進む。揚力の反動を抑えるために櫓と船底を縄で繋いでいるのだ。当時は原理がわからなかったが理解出来たときは驚愕した。江戸時代は既に「飛行原理」を使いこなしていたことになる。しかも海の中で。ねじり鉢巻した猟師のジイさんが・・・。この技術は紛れもなく人知の結晶だ。カヌーは手軽だが、船体を軽くしただけで推進力においては櫓の足元にも及ばない。もっとコンパクトにして活用したいと考えている。写真の和船は体験用の小さなものだが、子供の体験学習としてはカヌーよりはるかに優れたものなのだ。

櫓を漕いでいた小学生