自然治癒力とはすべての植物動物が生まれ持った修復力のことだ。
皮膚や骨や内臓の修復など軽度なものは完全に復元する。
医療技術の波及につれて人は医者や薬に依存するようになった。
人間以外の生き物には見られない独特の仕組みだ。
その人間も本来はそのようなものに頼らず何万年も生き抜いてきた。
つまり生命の本質から言えば、本来は不要の仕組みとも言えるだろう。
便利なことには違いないが、反面、生命の本質、道理が見えなくなる。
本能も薄れ、自ら考えることもなくなれば当然のことだ。
常識と言えるものも、道理で示せば支離滅裂、本末転倒、理のないものばかりだ。
野人はこのブログで世界の多くの常識を簡単、単純に覆してきた。
よく考えれば誰でも理解出来ることなのだが、足元の本質になかなか目が向かない。
一向に元に戻らない対処療法に嫌気がさし、今は自然治癒力が見直されつつある。
自然治癒力に期待するのは良いのだが、その自然治癒力がなくなったから発症するのだ。
なくなった原因の究明なくして完全な修復は成されない。
病気の再発、つまりガンなどが良い例だ。
化学物質や農薬に神経を使い、出来るだけ自然の食材を摂り、細心の注意を払おうがなる時はなり、いまだ確実な治療法が見つからない病気があまりにも多過ぎる。
テーマ「言葉と仕組み」に詳しく書いたが、仕組みを言葉で捉えたのがその原因と言える。
理解と言う言葉は良く使われるが、読んで字の如く「理」を「解」するのが理解。
言葉の意味を理解しても理解とは言えず、人が決めた定義を記憶したに過ぎない。
理解とは国語の授業ではなく物理の理を解することだ。
最大の思い違いは、「健康」「生命」「自然」「野菜」など10本の指にも満たない仕組みの認識だ。
これらは言葉の意味では単純に片づけられるが、生涯学んでも知り尽くせないほど複雑な生態系の地球物理学なのだ。
健康は気が遠くなる程の生命の仕組みの上に成り立ち、自然界の仕組みに組み込まれている。
自然治癒力とはその仕組みの中のほんの一部、言葉では語れても、すべての仕組みを知らずして治癒力の理は語れない。
数学物理のほんの一部を抜粋して言葉にしても意味を成さないのと同じことだ。
続く・・
言葉と仕組み
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