日清製粉社長とカップラーメン | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

15年以上前だったと思うが、ヤマハの社員だった頃、小浜島にあるヤマハの施設「はいむるぶし」に三重から助っ人で出向いた。

マリンフェスティバルというイベントが開催されたからだ。

当時のヤマハ社長はじいさんの息子で川上浩さんだった。

交友関係は広く、ワコールやオンワード樫山の社長など財界人の友人達と滞在していた。

男性陣は揃って船釣りへ出かけ、その間の奥様方のお守りを仰せつかった。

総勢10人くらいを船で日本最南端の波照間島の観光へ連れて行ったのだが、その中に何故かオッサンが一人混じっていた。

航行中にその短パンTシャツ姿のオッサンがデッキでお湯を沸かし始めたのだ。

暑い中、オッサンはカップラーメンを作ろうとしていた。

「君も食うか~?」と言うから、「食う」と答えたら二個用意した。

いつもラーメンを持ち歩いているようだ。

そのカップはラベルがなくて無印だった。

オッサンと二人、デッキにあぐらをかいて海を見ながら、汗をかきながら黙々とカップラーメンを食った。

オッサンが「どうだ、旨いか?」と聞くから「非常に旨い!」と言うと満足そうにうなずいた。

ラベルがない理由を聞くと、「未発表のわが社の新製品だ」と言う。

波照間の島内案内をしてくれる男に操船を交代してもらっていたのだが、操舵席に戻り、「あのオッサン誰だ?ラーメン屋か?」と聞いても彼は知らなかった。

小浜島に戻ってからスタッフに聞いてわかったのだが、オッサンは日清製粉の社長だったのだ。

男同士の釣りよりも奥様方との波照間観光のほうが好みだったようだ。

当時の記憶に残っているのはオッサンの嬉しそうな顔と、あのカップラーメンの味だけだ。

残念ながら銘柄はわからない。

川上浩さんはとうに社長を退いていたが、数年前に浜松から野人を訪ねて奥さんと息子同伴でマリンビレッジに二回ほど来てくれて一緒に食事もした。

野人はじいさんが亡くなる直前まで好物の「猪肉」を送り続けていた。

ボケても猪肉を食べた瞬間だけ正気になるのはいかにもじいさんらしい。

奥さんはじいさんが肉を噛めなくなるとハンバーグにして食べさせていたようだ。

酒や色んなものを土産にいただいたり、送ってくれたりしていたのだが、その中に健康の為にと「血圧計」があった。

しかしいまだに使い方がよくわからずテレビの上に飾ってある。