スイミン愚物語 スポーツマンヒップ 7 | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

コーチのバタフライは綺麗なフォームで素晴らしく速かった。さすが県でも上位にいただけある。

見よう見まねでやってみたがギクシャクして上手く泳げない。

「お尻を突き出してこう!」と、やって見せるのだが難しい。

一度もまともに水泳を習ったこともない荒削りな野人には繊細な泳ぎは無理なのだ。

まともな泳法では何年もバタフライを練習している人間には勝てそうもない。

バタフライはイルカみたいに水を縫うように泳ぐのだが、それほど器用ではない、こちらは人間なのだ。

やっているうちにまた、自分に合った泳法が閃き、迷わずその練習を始めた。

それを見てコーチが「また・・変な事考えているのでは?」と疑惑の眼差しを向けた。

「水中蹴りターン」の前科もある・・

「この程度の練習では今からでは自由形も間に合いませんよ、ましてバタフライ・・まともに泳げないのにエントリーなんて無茶な、公式試合なんですから」と、ハナから予選落ちのような顔をしていたがまるで気にならない。

川上源一の「やってみなくちゃわからないじゃないか!」と言う言葉は生きているのだ。今回はわからないじゃ困る、県で優勝しなくては10万円に羽が生えて飛んで行くのだ。バタフライは余興だが、自由形は何が何でも勝つつもりなのだ。

モノが賭かった時の野人の底力を社員の奴らに見せなければ面目丸潰れだ。

やはり・・「市民水泳大会」にすれば良かった・・こんな苦労などせずに済んだのだ。

えげつない練習の成果を見せる時が来た。

ヒマそうなコーチにレースを申し込んだのだ。

公式試合は50mなのだが、実験半ばでそんなに泳いだら死んでしまう。

25mでやることになり、クラブの仲間や他のコーチも見物に集まった。

特訓3週間の成果を思い知らせる時が来た。

クラブは週に2日だから実質練習は6日だ。

バタフライがまともに出来ないのは皆知っているから他のコーチも含めて「勝負にはならない」と信じ込んでいた。

結果は、野人が「身体半分」リードして勝ってしまった。

コーチは驚きと、訳がわからない表情だったが、やがて感心に変わり、さらに特訓してくれた。

上から見て、「それ・・バタフライになっていないですねえ・・バタフ・・くらいです」と的を射たことを言う。

「でもそんな変な泳ぎで僕より速いとは脱帽です、何ですか?それ・・」。

「これはだな・・水面に横から石を投げると何段も跳ねるだろうが、あれから学んだ」

「忍者だって水面を歩くのに、右足が沈む前に左足を出せば沈まないと言い切ったアレ・・だよ」

「一度沈むと跳ね上がるのがキツイから出来るだけ沈まないようにしただけだ。そうすれば水の抵抗も少ない」。

そう言うとコーチはしばらく考え込んだ後で言った。

「そんなこと誰も考えないし、それにそんな無茶な泳ぎはあなたしか出来ませんよ、例の水中蹴りのように」・・・・。

泳法の名前が決まった。得意のカンフーをもじって・・

名づけて「バタフ~!」

誰も真似出来ない「短距離一撃必殺泳法」だ。

50mを超えるとブクブクと沈んでしまうだろう。

そしてレース当日まで50m連続して泳ぐ事はなかった。

生まれて初めての50mバタフライは本番まで温存だ。

そしてそれ以降二度と泳ぐ事もない。たった一度の50mなのだ。

試合結果は次回だが、この泳法が思いもよらぬ方向へと向かってしまった。

県水泳連盟の理事長が惚れ込んでしまったのだ。