(※長文です)
いつの間にか夏が終わっていた。
日焼けすることも汗をかくこともなく過ぎた夏、
思い出の数は少ない。
夏らしいことは何もしてない。
数分だけ、海を見に行ったくらい。
寝て過ごす時間が長すぎて
家から出ない日が多すぎる。
だけど、私は特に後悔していない。
「闘病」が日々の生活の核にありながらも
心境の変化は目まぐるしいものがあった。
病気に対する理解、は深まったとしても
いろんなことを諦めるしかない現実を、そう簡単に受け入れることはできなかった。
一番は
先月のライブを終えて「バンド活動」という軸がなくなってしまった時。
今私は仕事もしていないし、
定期的に会う人は恋人しかいない。
バンド活動が私と社会を繋ぐ役割を果たしていたのに
所属するコミュニティがゼロになってしまって
とてつもない孤独感に襲われた。
生き生きとバンド活動を続ける彼に普通に接することもできなくなってしまい
猛烈な自己嫌悪に陥った。
体調は悪化する一方で
連続して座っていられる時間は30分が限界な生活。
私はどのようにこれからの人生を考えていけばいいのだろう、と
そんなことばかり考えていた。
いろんなことが「時間薬」なのだと改めて知った。
母が死んで1年が経った、と
命日にはふと思い出したことで
まだまだ私の中の呪縛は解かれていないのだと思い知らされた。
それから私は
自分の過去がどのように今に影響しているのか、
分析するようになった。
物欲がないこと。
自分の中に裁判官がいて、自分の感覚をまず疑う癖がついていること。
これまで私が「話し合い」ができなかった理由。
前回の記事に書いたように、「存在は成功の対価」だと思っていた理由。
そういう風にいろんなことに気づき始めて、
その度に腑に落ちる面は大きいけど、その度に精神状態が揺れて
「やっぱり、普通に生きたかったな」と涙する。
本当は
「何者でもない自分」でも存在していいし、存在することに理由なんていらない。
感じたことをそのまま受け入れる許可は、誰にも求めなくていいし
「私が嫌だった」なら「嫌だった」でいい。「嬉しかった」なら「嬉しかった」でいい。
相手が悪人じゃなくても、自分と合わない人と「距離を置く」という選択をしてもいい。
「人の気持ちを考えすぎて疲れる」のは、相手じゃなくて自分の頭で生成した情報なんだ。
そんなことをいろいろと考えていたら
少しずつ気持ちも楽になって
「私は私の人生を生きていくということ」を少しだけ気楽に考えられるようになった。
彼の両親の存在も大きいかもしれない。
ご両親は、私のことを詮索しなかった。
私の家庭の事情は話してあるけど、何も言わなかった。
そして
「頼れるところは頼ってね」と言ってくれた。
「この子(彼)が選んだ人なら大丈夫だろう」と
息子(彼)のことを信頼しているのだろう、と感じた。
歓迎されていることを不思議に思いつつ
これまでの家庭環境や過去の結婚を振り返って
「今私はいろんなことを学び直しているんだろうな」と思った。
基本的な人間関係のこと
自己効力感ではない、自己肯定感のこと
生まれ育った環境は変えようがない。
自分の今の体調も、変えようがない。
傷ついた事実も、どうしようもないけど
これからの選択を過去に決めさせないで済むように生きていきたい。
そう思えるようになってきた。
相続の関係で
姉とは数ヶ月に一度連絡を取る。
春に決まっていた入籍
「名字が変わるしどうせ知られるから報告したけど、彼に接触しないでほしいし父や妹達には知らせないで」
と伝えたら
「おめでとう。家族ができるね
頼まれない限り私から連絡することはないし知らせないから安心して
元気、の基準は違うかもだけど、むぅが穏やかでいられることが一番だからね」
と返ってきた。
姉含め、実家の人達のことを
「私が家族だと思っていないこと」、そして
「そのことをきちんと受けとめてくれていること」、さらに
「その上でおめでとうと言ってくれること」
何とも言えない気持ちになったけど
姉への感謝の気持ちが生まれたと同時に
ずっと抱えていた罪悪感が、少し薄まっていくのを感じた。
今日で子宮摘出手術から2年が経った。
「あるだけで痛い子宮」を手放しても
摘出するまでに悩み続けた十数年は消えないように
実家と縁を切っても
すべてが解決するわけじゃなかった。
だけど、これでよかったと思っている。
考え続けて出した答え、
きちんと肯定できるように「今」を繋いでこれた。
「普通に生きたかった」という気持ちは消えない。
強くならなければいけない現実はあまりにも過酷で
弱いままでいいからこんな思いなんてしたくなかった、と思う。
これからもきっと、
数えきれない自問自答を繰り返すんだろう。
その先に「本当の意味での回復」が待っていると、
そう信じている。
そう思えるようになったら
気のせいかもしれないレベルで、体感としての体調がよくなってきたような気がする。
気のせいかもしれないけど。
バンド活動はなくなっても、
音楽活動自体は続けている。
今はなぜか、一緒に音楽やってくれる人がたくさんいる。
コラボカバーだけでなく
オリジナル曲でも「自分でよかったら協力するよ」と言ってくれる人がいる。
どうしてなのかはよくわからないけど
ただありがたいし嬉しいし
一緒にやりたいと思える人ができた、自分のその心境の変化も嬉しい。
こちらは元バンドメンバーであるドラマーの友達のイメージソングとして書き下ろした曲。
弾き語りを聴いてもらって
友達に考えてもらったドラムをもとに私がアレンジした、という
これもある意味共作。
友達が挙げてくれた参考曲2曲のアレンジとは似てるのかよくわからないけど
「私というフィルター」を通した個人のイメージを音楽という作品に落とし込む過程は、すごく楽しい。
見てみていただけると嬉しいです。
そしてこちらは
先月の懐メロカバーバンドのライブ映像でどういうわけかYouTubeの再生が回りまくってる曲。
こんな弱小チャンネルなのに約4000回再生ってどういうこと…?と思うけど、
この曲をベースボーカルで演奏するのは「ヤバい」らしい。
よかったら見てみていただけると嬉しいです。
相変わらずいろいろありすぎる私だけど
しんどい時に衝動に負けないでいられるようになりたいと思う。
「もうだめだ」「もうちょっと生きてみよう」を繰り返しながら
「生きててよかった」を積み重ねていきたい。
来年中には
外出を制限しなくてよくなって
またバンド活動も再開できたらいいなぁ
とぼんやり希望を持てているから
まぁきっと大丈夫なんだろう。
また更新します。
季節の変わり目、
どうかご自愛ください。