凸凹と波の中で。

凸凹と波の中で。

凸凹と波の中で、自分と向き合いながら寛解へ。

この数ヶ月で、体調は劇的に悪化した。

 
できないことが増え、失われていくアイデンティティ。
 
「私が私であるということ」について
考え始めた。
 
 
 
 
 
体調を崩して2年5ヶ月
筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)で専門医の治療を受け始めて、1年半。
 
現在のPS(Performance Status)は7~8、
身の回りのことも援助を受けている状態。
 
外出は極力控えている。
食料品の買い出しもネットスーパーを使い、
入浴はできず、週2~3回のシャワーが精一杯。
ヘルパーさんには週1で来てもらっていて、掃除・洗濯・調理をお願いしている。
調理(食事)は週1のヘルパーでは間に合ってないけど、ヘルパーさんが来ることで疲れてしまうから冷凍食品やレトルトで対応している。
 
そんな現状。
 
 
 
この病気の恐ろしいところは、
少し調子がよければ動けてしまうところだ。
 
一般的な進行性の難病は体の機能が失われていくことによってできないことが増えていくけど
この病気は機能面では何も問題がないため、動けてしまう。
「借金ができないのではなく、忘れた頃に自己破産する病気」
そんな感じ。
 
だから私も、
専門医にME/CFSの診断を受けても
「寝込んでも数日したら動けるようになるし、それを繰り返すだけ」
そう思っていた。
 
だけど、週末の用事で週明け寝込む生活を繰り返した結果、
体調のベースライン(平均点)が下がってしまった。
 
週明け寝込んでも火曜日くらいに回復し、それ以降は普通に過ごせていたのに
今は
外出したり、家で作業してるだけで発熱するから横になるしかない時間が増えたし
寝込むことで細胞レベルで傷つき体調のベースラインが下がっていくことを知った以上
寝込まない生活を心がけるようになった。
 
その結果、
「動けるけど動かない」「歩けるけど歩かない」
そんな生活になってしまった。
 
 
 
外出ができないわけじゃない。
家事ができないわけじゃない。
入浴ができないわけじゃない。
 
でも「しない」ことでしか、今の体調を保てない。
その後PEM(労作後倦怠感)に襲われてダウンするから。
 
できるからってこなしてしまったら、
今より体調が悪くなる。
 
なんて理不尽なんだろう、と思う。
 
「動けないから動かない」ではなく
「動けるけど動かない」なんて
人間の本能に逆らうようなこと。
 
この病気の闇を、改めて突きつけられた気がした。
 
 
 
 
 
「死にたい」と思うことが増えた。
 
この病気における「活動」とは、
何も身体的な活動(体を動かすこと)だけではない。
 
頭を使うこと、
心が動くこと(誰かと話したり、感動したり、しんどかったり)
感覚的な刺激(眩しい、寒い、暑い、痒い、等)
つまり、生きていれば起こるすべてのことが、この病気の悪化原因になる。
 
この記事を書くことも、頭を使うから本当は避けた方がいい。
それはわかっている。
 
「(身体的な活動は)何もしてないのにどうしてこんなにしんどいんだろう」
とよく思っていたし
感情の爆発によるクラッシュ(寝込む)を経験してからは
なるべく刺激のない生活こそがこの病気の治療には必要なのだと感じた。
 
毎日ただベッドに横になって
何もしないことを頑張る毎日。
 
もう7月で、真夏日の日もあるのに
私は暑さを知らない。
 
あまりにも虚しくて
何のために生きているんだろう、と思う。
 
 
 
 
 
体調を崩す前、
フルタイムで働いていた頃、
私は発達障害の特性はありながらも、自己肯定感を高めていくことができた。
 
それは「周りと同じように生活できる」からではなく
自分の強みや弱さが何なのか、理解できたから。
 
私は自分でも「いいところ」と思っている自分の長所はいくつかあった。
 
例えば、
外見は恵まれている方だと思うし、頭も悪くない。
読解力も理解力もある方だし、マニュアルがあるならある程度のことはこなせる。
 
大事にしていた音楽、表現に関しては
湿度や温度を感じる歌詞だと言われていたし
ベースボーカルという分野においてはと自信があったし
ひとりで音源を作り上げるという技術も、よく褒められていた。
 
 
 
だけど今は、何もできない。
 
仕事(継続した業務)なんて夢のまた夢。
 
バンド活動は、
予定しているライブを終えたら中断することにした。
8月にライブを控えているけど、キャンセルも考えた方がいいのではと周りには言われる。
けど、やり遂げたいと思う。
 
料理やお菓子作りが得意だったけど、
家事を控えている今、台所に立つことも止められている。
 
私の中の「自己評価」は、下がる一方だ。
 
 
 
 
 
 
そんな生活の中で、
「私が私であること」とは何なのかと考えるようになった。
 
婚約者の彼は音楽で知り合った人だけど
「むぅが音楽してるかどうかなんて今はまじでどうでもいい」
と言う。
 
彼は私の料理が好きだったし
お店で食べるより美味しいとよく褒めてくれていたのに
今は彼が作るか、テイクアウトかデリバリーを利用している。
 
そして
「もし何もできなくなっても俺はずっと一緒にいるよ」
とまで言う。
 
一番の親友も
「私はむぅさんが足掻いている姿というか、どんなにしんどくても今を大事にしようとする姿が好き」
と言っていた。
 
「私の私らしさ」とは
私が何かができるとか、特技とか
そういうことではないのかもしれない。
 
と、最近思うようになった。
 
 
 
 
 
自分が大事にしている部分と、
他人が大事にしている部分は違うのかもしれない。
 
婚約者の彼に、私のどこが好きなのか聞いたら
「喧嘩にならないところ。感情的にならずに冷静に話し合いができるところ」
と言っていた。
 
彼とは相性がいいけど、不満がないわけではない。
でも、きちんと話し合いができることで関係を深めてきた。
 
そういったことはこれまでの結婚ではなかったことだし
この人を好きでよかった、と思う部分でもある。
 
結局、
私自身が大事にしていた「私らしさ」は表面的なもので
私は自分のことをいろんな分野における能力で評価していた。

周りの人の方が私の本質というか、弱さも含めてわかってくれているのかもしれない。
 
 
 
 
 
約6年前、
母との関係に悩んでいた時に作った曲を、公開しました。
 

 

この記事の直後に作った曲です。
 
 
本当は、母が死ぬ前に「過去との決別のため」公開したかったけど
自分ひとりでは仕上げきれず
尊敬しているギタリストの方にギターアレンジをお願いしました。
 
母が末期癌だとわかって、ドラム打ち込みとベースを作って。
死ぬまでに公開したかったけど、できないまま母は死んで。
 
今は、実家の問題に悩まされることは減ったけど
過去の葛藤をドラマチックに仕上げてもらえて、私の物語として落としこめる気がしました。
 
これまで様々な形でコラボしてくださっていますが
深入りはしないのに私の表現を大切にしてくださる、大切な方です。
 
聴いていただけると嬉しいです。
 
 
 
 
 
今私は、私の思うような生活は送れていないし
虚しさが募る日々だけど
 
「私が私であること」とは
私が何かができるとか、そういうことではなく
私のこの考え方とか、これまで生きてきた上で得られた視点とか
そういうことなのだと思う。
 
そして、
そういうことを大事にしてくれる人達がいることは
とても幸せなことなのだと思う。
 
最低限の身だしなみもできない
家事もできない
外出もできない
 
それでも私を大切にしてくれる人がいるというなら
どんなにしんどくても生きてきてよかったと思うし
これからも生きていきたいと思えるから不思議だ。
 
 
 
 
 
先日、彼のご家族に会った。
 
私が知っている「家族の形」とはずいぶん違ったけど
私のことをすごく歓迎してくださって
とにかく、安心できた。
 
入籍は11月、最初に出会った日の予定。
 
 
 
 
 
この病気は「治らない」らしい。
 
病気になった自分を受け入れた上でどう生きていくか、
最近よく考える。
 
制限ばかりの生活に
どう希望を見出だしていくのか。
 
難しいし
これからもきっと何度も「死にたい」と思うんだろうけど
それでも
最終的には生きることを選ぶ自分でいたいと思う。
 
外出のハードルが高すぎるから
車椅子を利用したくて
身体障害者手帳の申請についても相談する予定。
 
こんな体でも、状況でも
生きていこうと思っていることが
どこかの誰かの力になればいいな。
 
 
 
 
 
また更新します。
 
夏本番、
体調に気をつけてお過ごしください。