私は器が小さくて、パーソナルスペースが大きい。
器のサイズに関しては日常生活の中で指して困らないけれど、「パーソナルスペースが大きい」というのは、そこに見ず知らずの人、苦手な人が入ってくると、土足で入られる気分になるので、日常生活の中では面倒臭い。

社会の中でもメリットをたいして感じないので、学校、会社ではパーソナルスペースの狭い人を演じる。
そこでしなければいけない目的があればパーソナルスペースの狭い人を演じられる人は大勢いると思う。円滑に快適に、って何も悪い事じゃない。

ただね、処世術としてパーソナルスペースの狭い人を演じていると、デメリットもある。あった。
プライベートで他人と関わる時に無意識に演じてしまう事。円滑に快適に関わる為に演じてしまう。

相手にパーソナルスペースの狭いウエルカムな人と誤解をさせてしまうし、相手も察する事が難しいから誤解をするのは当たり前。
ホント治さないとな・・・、と真剣に考えるきっかけになったのは、不快だから嫌いになってしまう。

「嫌い」という感情って、私は風邪みたいなもので、早めの判断が大事。
「気の所為」じゃない?と無理をすると悪化してこじらす。
直感を信じていいと思う。
自分の誤解だったらいくらでも上書き、書き直しができるけど、こじらせた場合、自分が通常に戻るまで時間薬が必要な事も。



と前置きが長かったけど、こじらせたのよね。



元々の気質から書くと、私は陰でさらに複数人で、悪口、誹謗中傷、というのが苦手。その対象が私ではなくても苦手。
仕事をしていた頃で言えば、「悪口言ってる暇があるのなら、仕事してくれよ。」と思ってたし、言ってたし、学生の頃から言えば、私は私個人で他人を嫌いになる。クラス全員その人を好きでいてかまわないし、私が相手を嫌い無視する事もそっとしておいて欲しい。当事者同士の問題だから。
仕事が円滑に回らない事でも給湯室で個人的に喧嘩をしてきた。複数人での悪口って合理的じゃない。
多少こじらせた場合はこうして対処してきたのだけれど、今回はかなりこじらせた。
そして前述の「パーソナルスペース」というテリトリーにどうしたら苦手な相手が入って来ないか?と悶々としてた。

もうね、私の性格の悪さ全開よ。

私の今の状況に限って言えば、嫌われる事の方が楽なの。
「嫌う」ってエネルギーがいる。すごく疲れる。さっさと無関心の領域に達したい。

ここで書くのもどうよ?と数日悩んだけれど、全くブログが書けない状態が続くのも不快だし、私の気質、性質、性格の悪さを書く事には、メリットの方が多いと思った。
相性が合わないと思う方がいらっしゃったら申し訳ないと思うけれど、嫌いはこじらせない方がいい。
私が言う事ではないけれど、嫌ってる時間はもったいない。

私もできるだけ好きな時間を過ごす為に、ゲームをしたり海外ドラマを観たりしてる。


好きも嫌いもきっかけは氷山の一角の小さな点に対して程度の事で、全人格の肯定否定じゃない。
小さな点程度に反応しただけの事だから、精神的に引きこもり、過ぎるのを待つ。

今日はスッキリしない話題でごめんなさい。

そして、最後まで読んでくれた方、ありがとうございます。