今日映画館へ行き『ミュージアム』という映画を観てきた
ちなみに借り物で先に原作のコミックも既読済み
映画自体の感想としては、「こんなものかな…」という感じだった。役者さんの演技は良く、話も原作に基準しイメージを壊さないものだったので映画が余り好きではない自分としては良い評価のつもりである
しかし、原作を知っている者からすると忠実過ぎて驚きは特に無いという印象を受けた為このような感想となった。
さて、長々と書いてしまったが今回語りたいのは映画の感想ではない
今回映画化され、ほぼ原作と同じ流れだったがほんの少しだけ原作とは違った部分があった。その『違った部分』についての感想および考えを書きたいのだ
(以降ネタバレがあるためまだ観ていない方は注意していただきたい)
まず、原作を読んだ時、自分が感じた犯人への印象は『ただの身勝手なサイコパスか…』程度だった
この話は主人公の刑事にスポットライトを向けたもので犯人はただのきっかけ役に過ぎない…と
しかし、今回映画で追加された『違い』によってそれは大きく変わる事となった
その『違い』とは犯人が語った二場面のセリフである
まず一つ目は、犯人が主人公に対して『お前の人(の心)の殺し方に興味を持った。初めて誰かと一緒に作品を創りたいと思った』
二つ目は『裁判で多くの人が自分の作品を見る事になる。専門家が色々語るだろう。』そして『自分がこうなったのには理由がある』
この二場面のセリフにより、犯人の人間性が現れたのである
犯人は自分を『表現者』と語っていたが、では彼は何を表現したかったのか…
それは自分の抱える闇だと私は考えた
犯人は自分が他人とズレている、そしておかしいのは自分の方だという事も自覚している。しかし、自分に深く関わる者も居なく誰もそれに気付いてくれない。指摘してくれない。犯人はとても孤独だったのだ
だからこそそれを表現し、気付いてくれる者を探していた。そして、主人公という自分の心を分かってくれるかもしれない者(≠受け入れてくれる者)を見つけ心から嬉しかったのだ
このたまたま見つけたまたとない機会
それを決して逃さない為に犯人は多くのリスクを省みず主人公を巻き込む計画をたて、主人公を作品造りの協力者に仕立て上げようとした
結果は失敗に終わり理解者を得る事も出来ず誰にも気付いて貰えないまま終わってしまったが…
つまり、結論として彼は寂しかったのだ
自分が正しいと言いたい訳ではない、ただ誰かが自分に気付き正しい道を示してくれる事を切望していた

現代は人と人の関わりが薄くなり、当たり障りの無い人間関係をよしとするきらいがある
これを読んでくれた方がいるのならば今一度自身の心と向き合っていただきたい
犯人に共感できる者も少なからず居るのでは?

(なお、映画を観た方はここまで読み、疑問が残るであろうもう一つの『違い』
『彼女』については蛇足になるため多くは語らないが、一言でまとめるならば『彼女』は理解者になろうとしたが成りきれなかった者であるだろう)

※これはあくまで筆者の感想、想像でありそれ以上でも以下でも無いことをここに記す