3月2日

退院しました


母は退院手続きで、午前中から病院

父の病室に行ったとき、涙ぐんでたって。

特養からのお迎えが来て、先に戻った父

私は終わった頃待ち合わせして、母と実家へ

爪切りしてあげて、家の掃除して(結構汚れてたDASH!)

久しぶりの実家


そして、特養へ

3年ぶりに部屋に入れた

父も安心したような顔してた

声掛けたら頷いてくれた

少し痩せていたけど、元気そうだった


そして、相談員さんからの説明

父の現状と看取りについて

詳しくは先生からありますがと…

ここでは、一般的に看取りはどういうものかの説明受けた。

母は署名したけど、よく分からなかったわと。

たぶん、脳が考えること拒否してるというか…


これからは、毎日会いに来てくださって大丈夫ですと。

それって、あまり時間が残されていないということだよね??

すごく具体的な話もされて、驚きました。


それから、先生の説明

父は右肺の肺炎

それは、医療的には完治したとのこと。

でも、嚥下テストしたら、口からは難しい

自分の唾液でも、むせて変なところに入ってしまう


終末期と考えてくださいと言われた。

ここから、静かに老衰に移行していくと言われた


水分補給を少しずつ、ジュレとかで試してみますが

一般的にいうと、2週間から1ヶ月

でも、人によってそれ以上の方も勿論いらっしゃいますとか、言われた。

5時半頃から20時位までいたのかな?

タクシー呼んで母乗せて見送った。

一人になった途端、涙が…

なんとか、こらえて自宅に帰った


母から連絡

来てくれてありがとう

一人では身が持たなかった

何言ってるか分からなかった

って。


わたし、メガネ実家に忘れてきちゃったらしい

爪切りで使ったんだった。


3日

メガネ受け取りつつ、母とランチした

起きれなくて父の面会には間に合わなかった

変わりなかったよって

良かった


私は毎日は行かれない

でも、病院から特養に戻れて本当に良かったと思ってる。

慣れ親しんだ人の声で、食べられるようになって、奇跡起きないかなと思ったり

食べたそうな表情はするんだけどね

無理なのかなぁ


一人になると泣けてくるし

夜は眠れない


コロナ禍が無ければ…

もっと父との時間過ごせてたのに


訪問してくださった方有難うございます