誰かに好きになって欲しいと思うことも、特定の人に好きになって欲しいと思うことも、そのための努力も無駄だ。人は努力しているからその人を好きになるわけじゃない。好きに理由はない。そもそも好きになってもらうための努力って何?そんなものはない。ただの願望。努力しているつもりになっているだけ。悶々と悩んでいるだけ。
男の人は美人が好き。おっぱいが好き。だから、努力しなくても美人とグラマーは男性に好かれる。これは本能で理屈ではない。好かれたければ、美人でグラマーになればいい。整形手術で。
しかし、美人も努力している。好きでい続けてもらうには美人だけじゃあ駄目だから。飽きてしまう。これもまた本能なのだ。
好きな人が好きなタイプや性格になろうと努力して近づけば、好きになってもらえる可能性は高まる。
明るい、思いやりがある、人の痛みがわかる、話が面白い等々、相手が好きそうな性格になろうと努力することは意味がある。
ただ、それより、自分がいいな、好きだなと思う性格になろうと、それに近づこうと努力する方が楽しいし、やりがいがある。自分がいいなと思う性格を好きな人に巡り会った方がいいと思う。探せばそういう人はいると思う。幸い、女性は本能的に美男子が好きと言うわけではないから、好きなタイプが同じ人を好きになる確率は高いと思う。
親や周囲から愛された人は、自然にこれができる。
親や周囲から愛されたことのない人は、自然にはできないから、本や人の話から、あるいは周りを観察して知ることになる。
私は、今やっとわかった。だいぶかかった。
結論は、誰かに好かれたいって思うことは無駄だってこと。愛されたいと願っても愛されるかどうかは相手次第だから、愛されることより愛する方がいい。一緒にいて楽しいと思って欲しいと願っても楽しいかどうかは相手が決めることだから、楽しませたい、愛されたいより自分が楽しい方が大事なんじゃないか。
自己肯定感が最低レベルの私が、やっと辿り着いた境地です。