気持ちが戻ってきたので、
記事にします。
今週、急に友人の訃報が届きました。
スポーツ中に倒れてそのまま…という事でした。
私達はまだ亡くなる人が出るような年齢ではないし、本人も至って元気でした。
そして、その訃報が届いた翌日。
今度は仕事で関わっていた方が
自ら命を断ちました。
私より少しだけ年下の方。
連続で急に「死」に直面して
正直、かなりこたえました。
友人のお通夜は
子供の頃に遊んだ記憶や
昨年会った時のことを思い出して
胸の辺りが詰まるような思いの反面、
信じられなくて
実感が湧かなくて。
仕事関連の方も
なかなか濃い関わりをしていた方です。
どうも前夜か当日朝には決心していた様です。
準備していた節があります。
客観的に見れば
やれることは沢山ありました。
逃げる事もできました。
でも、ご本人にすれば
もうこれしか方法が無かったんですね。
でも、そこに至る心中を思うと
やはり悲しくて、苦しいです。
死を決意できるなら、
環境を変えて、
逃げる決意をして欲しかったけれど、
それは本当に周りの勝手ですね。
2人とも同世代。
もう生きられないと思った人、
予期せず突然亡くなった人。
いつかは、
誰しも人生の本を閉じる時が来る。
ただ、生きるしかないんだな、と思いました。
どんな事も
是非はないんですね。
「ただ、そうある」だけで。
高千穂の方で事件がありましたね。
私、今年行ってるんです。
あのお宅、タクシーで前を通った気がする。
少なくとも、犯人が飛び降りた橋は
確実に通っています。
そんな話もしていたら、
ある知り合いは
お祓いしたらと言ってくれたんですけどね。
私の中では
お祓いじゃないなと思いました。
幸せな気持ちで過ごす為に
大切なことを
見せて貰ったんです。
先週、旅行先の長野の満月に、
自由であるために、
豊かであるために、
邪魔なものを手放したい
と願っていました。
別に私の願いのためにこんな事が
起こってるわけではないけど、
でも、結果的に手放したのだと思う。
日常の傲慢さや
鈍感さです。
もちろん、全部消えたとかじゃなくて。
でも、前より、
目の前のご飯とか、
お店で沢山の人がお買物してる光景とか、
家族が元気でいる事とか、
私が生きていている事とか。
その存在を、感じ取ってると思う。
有り難いんだな、って。
今週は落ち込んで
日常風景に違和感ばかり感じたけど、
こうして文を書けるくらいには戻りました。
きっと折に触れて
2人の事は思い出すと思う。
でも、ずっと沈んでいるわけにいかないから。
ここは生者の世界で、
私はまだ生きているから。
本当に悲しいけれど、
さようなら。
またね。
ありがとう。
今日の「世界ふしぎ発見」は
オランダだって。


