昨日のガラスの森の帰りの車中。
お母さんと話していて分かったことがある。
私、毎週土曜日は
自分の好きなお酒買って
食べたいもの作って
TV見ながら
ゆっくりするのが楽しみなんだけど。
それを見てお母さんは少しモヤモヤしていたらしい。
「別にいいんだけど、たまには
ご飯ちょっといる?とかあってもいいのに」
「一緒に住んでいるのに
1人で作って1人で食べてるのは何なの?
家族なのに意味ない」
って。
…えっ???
という感じでした。
私にはそういう感覚が全くなくて。
各々が自分で好きにする方が
楽でいいと思ってる。
好きなものも違うし
食べたいタイミングも違うし。
だから、それを言われて、
すごく窮屈に感じて。
好きにさせてよ、そのくらい、
とムカムカした。
で、
その後も
喧嘩も交えながら話していくと、
どうやら、お母さんは、
つまるところ、
娘は家で料理つくることがあるみたいだけど、
何を作っているかも知らないし
食べたこともないし
寂しい。
と、いうことらしい。
しかも「ちょうだい」というのは
自分の分も作って欲しい
ということではなく、
スプーン1、2杯の味見程度の
話だったらしい。
えーーー!!
ですよ。
たった、それだけの事ー!?
本当は言いたいのそれだけー?
あんなに色々言ってたのに?
私、今回のことで思いました。
ほんのちょっとのすれ違い、
言葉の捉え方の違いが
結構あるってこと。
お母さんも
自分の気持ちを
正確に表現している(できている)
わけではないこと。
今度から作ったものは
いるかいらないか聞くことになりました。
ただね、ここも誤解なんだけど。
私、お母さんに一通り
作ったもの食べてもらってるのね。
で、その時「あんまりー」って反応で。
私のレパートリーは多くない。
同じメニューをしょっちゅう作ってる。
だから、あげなかったのよ。
でも、お母さんは
私が同じメニューばかり作っているとは
知らなかったらしい。
私から見た景色と
お母さんが見ている景色は
全然ちがった。
なんか笑えました(;´▽`A``
今度から
何か料理を作ったら
取り置きしておくね。
そういう
ほんのちょっとのことで
お母さんは
気持ちのやりとりができたと
思うらしい?
よく分からないけど。
なんか
それはそれで
可愛いなぁと思いました。

