nwojapan
1990年代の日本のプロレスシーンにおいて、もっとも人々の印象に残る出来事のうちのひとつ、社会現象にまでなったnwojapanについて触れてみます。
参考wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/NWo%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%91%E3%83%B3
もともとはWCWのスーパースター、ハルク・ホーガンら人気選手が結成したユニットだったそうなんですが、蝶野選手がアメリカでnwoに加わるという形で日本へ持ち帰り、新日本プロレスでnwojapanとして活動した所、のちに莫大な経済効果を産むまでのブームに発展したという流れですね。プロレスファンでなくともnwoTシャツは持っている・・・そんな人々が街に溢れかえった時代です。
アメリカ発のユニットなので、アメリカにはアメリカのnwoがあり、日本には日本のnwoがあるという特殊な状況だったのですが、それが逆にワールドワイドな感覚をファンにもたらしてくれました。普通なら団体内でユニットを組み、同じ団体内の選手と闘うという図式になるのですが、ハルク・ホーガンというビックネームの存在やファンの支持、そして互いの団体の知名度なども手伝って、nwoはまるで独立した大きなひとつの組織を思わせる存在へと発展していきます。
nwojapanといえば蝶野選手が黒のカリスマとして大ブレイクした事も印象的ですが、蝶野選手がトップのポジションであった事が、nwojapanのメガヒットの大きな要因であったと言えます。圧倒的なヒールとしての存在感は、洗練されたエンターテイメントであるnwoというユニットそのものに食われる事なく、逆にぴったりとハマッて問答無用のかっこ良さを表現する事ができたからです。端的に言えば、分かり易い悪の美学の魅力という所でしょうか。
これまでに無い世界規模のユニットはファンの目にも新鮮に映り、プロレスに新しい概念をもたらしました。現在の日本のプロレスのボーダーレス化は誰もが知る所ですが、その先駆けともいうべきnwojapanを越えるほどの同種のビック・エンターテイメントはいまだプロレスシーンには発生していません。エンターテイメントとしての新しさ、時代に合った破滅的なイメージ、ホーガン・武藤などのビックネームの存在によるユニットとしての格、まさに全ての要素において、成功するのに必要な条件を満たしていたのがnwojapanです。
最終的には中途半端な形で瓦解してしまうのですが、実力者達はその後も個々で活躍の場を広げていきます。彼等にとっては、nwoの存続そのものが目的なのではなく、それをする事によるプロレス界の活性化もしくは自分達の得る利益こそが第一だからです。最後のほうで多少の燻りはありましたがそれを差し引いても、日本プロレス史に名を残す最高のビジネスモデルのひとつとして、自分の中では強く記憶に残っています。
現代のプロレス界でnwojapanのようなビックエンターテイメントは可能でしょうか?個人的には不可能だと考えます。なぜなら現代は当時よりも格闘技系のコンテンツが充実しており、闘いを好む人々にとっての選択肢が多様化しているからです。同時に現代の選手達の知名度は、当時とは比べ物にならないほど低いため、プロレスファンにとっては大きなサプライズを起こす事はできても、プロレス外の一般人に影響を及ぼすようなユニット結成そのものが、そもそもありえなくなってしまっているのです。誰と誰が組んだら・・・という意味で、誰が組もうが知られていない事には話題になりません。そういった意味でも、nwojapanはあの時代だからこそ成功したエンターテイメントだったと言えるでしょう。


