放置してました。すみません。
そして、かなり愚痴です。
嫌な方はスルーしてください。
そのうち消すかもしれません。
。。。。。。。。。。。。。。。
その後は、無事、順調にHCGも0になり、一周期休みで次に採卵周期となりました。
D3に、卵が多めに見えているとのことで、初めてのフェマーラセロフェンでした。
誘発は初めてで、しかも卵が少ない私にとって、期待大でした。
内服を始めてすぐ、両卵巣あたりの圧迫感、鼠径部の痛みで、今にも排卵しちゃうんじゃないかとすごく気を使い、満を辞して望んだ採卵。
採卵の先生は、S先生、、と思いきや、わかめの女医さん。後ろにS先生。
嫌な予感です。
私はKLC時代に、一回目の採卵を研修しながらされて、傷心で夢クリに転院した過去があります。初めての採卵で、それはそれは恐怖でした。
主席は23ミリ。今にも排卵しそうです。
こんな大きな卵を、あの先生は、エコーで固定をすることもできず、中心に持ってきてもぼやけて輪郭も出せません。
勘弁してよー。
いつもの百倍(誇張じゃありません)時間をかけながら、しかも、何回も刺して、ようやく、一個とれました。
「お腹を押してください」と指示する若女医。
「だめ、お腹押すと大きいから排卵するよ」とS先生。
もーホント、こっちにとっては大事な大事な一個なんだよー。わかってんのかなー。
そして次。
主席もこんな感じにとったので、まさか小さい卵胞は変わってくれると信じてました。
私は指導医をしています。若いドクターを指導していました。私ならこんな未熟な技術で続けさせない。せめて主席のみで交代です。
大体、場所の固定を出来ないものを、きちんと刺せるわけがない。
しかし。
交代はありませんてした。
すでに主席でかなり時間もたっています。
そのままつづきましたが、「引けません」「できません」の連発。
そのたびにゆっくり何回もやり直しで刺され、痛みで気が遠くなりそうな頃、ようやく、S先生がかわってくれました。
残りをもう30秒ほどで終わらせ、終了。
ひとつ変性卵でしたが、つまりは時間がかかりすぎたせいで、針がつまり、それで引いたから変性した、という可能性が大いにあると思います。
変性卵は元々死んでいた、と説明がされることが多いですが、本当は、空胞も変性も、技術によるところも多い。空胞は、時間的にずれていたりすることも大きな原因。これも病院の手腕のひとつでしょうね。
採卵後は、痛くて痛くて、手術台で座ることもできませんでした。安静も、看護師判断で伸ばしてもらい、それでも痛みはおさまらず、四階までわざわざついてきてくれました。
四階でも、痛くて椅子に座ることさえできません。
いつもはほとんどない出血も、ナプキンを当てても下着が濡れるぐらいありました。
これでは一人でも帰れないので、息子の一時保育をかなり伸ばしてもらい、椅子で横になりながら、痛みが少しましになった時点で帰宅しました。
それから一週間がたちました。
まだ下腹部の違和感は続いています。
こんなんで来週期とれるのかな。
そして、卵は五個とれましたが、全滅でした。
ホントに悲しくて涙も出ません。
もう、ほんとに採卵したくない。でもそれじゃあ子供が来ないんだよね。
痛みで聞けませんでしたが、次の時には女医の名前を確認しようと思います。
夢クリの技術は信頼しています。
でも、あの様に研修としてされると、なに?と思う。
周囲では、なんとなくですがあの女医さんにされたのは私だけのような感じでした。
アンケートとかかいていたので、無麻酔の私だけが選ばれたのか。
自分も色々と研修をして医師になりました。
色々と思うところもあります。
でも、少なくとも研修中、私の未熟なせいで、辛い思いを少しでもさせてしまったとすれば、安静にしている間に、患者さんの所に足を運び声をかけ、状態を把握したり診察をしたりはどんなに忙しくても欠かさなかったつもりです。それが最低限の人としての礼儀だと私は思います。
小卵胞から成熟卵がとれる率が高い私。
転院するとそれが取れなくなってしまうのは痛い。
でも、だからといってこのままでも、納得もいかなさそう。
授かるのであれば、夢クリの超ドライで一瞬の診察も我慢してきた。本当は説明されるべき事柄もすべて自分で勉強して治療に望んだ。
逆をいうとそこまで夢クリの技術面を信頼してきていた。
たぶん、やっぱりなんとしても子供がもう一人ほしい私には、そのまま夢クリにいるのだと思う。
なんだか、、やるせないな。
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