息子との会話を「ゆで卵」に例えると…? | 息子の成長日記☆発達障害改善中!

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息子は2歳半で「自閉症スペクトラム(ASD)の疑い」と言われました。親目線で見るとADHDの傾向もあります。
そこから療育をスタートさせ、ABA、身体からのアプローチ、感覚統合、栄養療法など様々な方法を実践してきました。
息子の成長を記録する日記です。

こんにちは!

今日の東京は温かいです。

先ほど外に出たら、思わず「ぬるいーっ」と言ってしまいましたニコニコ

 

今日はちょっと、息子とのコミュニケーションについての「たとえ話」をしてみます。

 

すっごく変な例えなので伝わりにくいかもしれませんが…

私の中ではなんとなくしっくりくるので、書いてみたいなと。

 

 

まず最初の前提からしておかしいのですが、

 

ここに"ゆで卵"があってですね、

その黄身のところに子どもがいるとするじゃないですか。

 

なんじゃそれ…?と思われるでしょうが、まあ我慢してお進みくださいおいで

 

 

親はゆで卵の外側にいて、子どもに言葉を届けるには、ゆで卵の外側からスーッと針を刺す。

そうすると、黄身のところにいる子どもに届く、みたいな仕組みになっていてですね。

 
(雑な絵ですみません…)

 
 
あ、針だと子どもに刺さりそうで怖いなら、細いストローとかでもいいのですが…
 
ともかくそういう細長い棒状のものを通して子どもに言葉を届けようとすると、
 
定型のお子さんは、「殻」がむけたツルンとしたゆで卵で、どの方角からでも棒がスーッと通り、ちゃんと子どもに届くような感覚があります。
 
 
では息子がどうかと言うと、
ゆで卵には「殻」がついたままで、でもその殻にはいくつか穴が開いていて、
 
その穴からは言葉が通って子どもに届く。
でも、穴が開いていないところだと、針が跳ね返されてしまう、という感じ。
 
 
なんとなく伝わりますでしょうか…?
 
 
 
息子が本当に小さかった頃はこの「穴」が極端に少なくて、仕方なくその穴だけでコミュニケーションを取っていたような感覚があります。
 
例えば息子は、確か2歳頃だったと思いますが、外に出ると「クレーン」だけが目に留まっていた時期があり、
 
クレーンを見る時だけ
「うおー!」(息子にとっては「クレーン」の意味)
と指さしながら叫んでいたんですね。
 
そのたびに私や主人は
「ほんとだ、クレーン車だね」
「ああ、こっちにもあるね」
と答えていました。

 

なぜか「クレーン」だけ、彼の殻には穴が開いていたんです。

 

その後ABAを始めて言葉の練習などしたのですが、

今振り返ると、ABAは「穴を一つずつ増やしていく練習」だったように思います。

 

「おはよう」と言えば「おはよう」と返す、という穴。

「これなあに?」と聞けば「○○」とモノの名前を答える、という穴。

「ちょうだい」と言えば何かを手渡す、という穴。

 

そうやって穴を確実に増やしていき、たくさんのやりとりができるようになっていった。

そんな感覚があります。

 

ABAで開けた穴というのはなかなかに強固でして、

例えばうちの息子は、「これ要る?」と聞くと「大丈夫」という返事をよくします。

 

これは幼稚園の頃にABAのセラピストさんから教わった返答の仕方で、恐らく「要らない」よりも柔らかめの表現として「大丈夫」という返事の仕方を習ったんじゃないかと思うのですが、

 

今も断るときは「大丈夫」を多用します。

「あとで」とか「ううん」とか首を横に振るとか、断り方っていろんなバリエーションがあると思うのですが、

 

ほとんどの場合に「大丈夫」と答える息子を見ると、いろんな意味でABAってすごいなあと思います。

しっかり固定される、というのかな。

 

ちなみに、ABAによって返答のバリエーションを増やすことももちろん可能だと思います。

ABAだから答え方の幅が狭いとか、そういう風にABAをディスっているわけではないので、誤解のないようご理解くださいね。

 

我が家はABAによって意思疎通が図れるようになり本当に楽になりましたし、恐らく「穴」の開け方もすごく上手で、多方面に開けていただいたように感じます。

 

こうして穴をどんどん開けていけば、それはもう、殻がないのとニアリーイコールなんだと思います。

ABAが優れた指導法だという感想は、今も変わりありません。

 

 

さて、では今の息子はどうか?というと、、、

まだどこか「殻」を感じますね、正直。

 

同じ話を繰り返しがちなところがあって、それは、すでに開いている穴を多用したいんだろうなと思います。

なんとなくの感覚なのですが。

 

ただ一方で、殻そのものが「軟化」しているような感覚もあります。

前は刺さらなかった針が、刺し方をちょっと気を付ければちゃんと入る、みたいな。

今では、まったく針が刺さらない場所はないようにすら思います。

 

 

それでももし、殻をツルン!とむける方法があるとするなら、これが本当はいいんですけどね。

 

その方法というのは、何なのでしょう。

身体アプローチ?

栄養療法?

 
そもそもなんで、こういう「殻」を感じてしまうのでしょう。
その原因はなんなのでしょう。
脳?
神経?
腸内環境?
 
そんなことを時々ぼんやり考えます。

答えは出ないわけですが…それでも考えていると何かにピンと来るときがあるので(ハズレかもしれませんが)
 
またなにかピンときたら、ブログに書きますニコニコ

皆さんも何か思うところがあったらぜひ教えてください。

 

本日はなんだかとりとめのないたとえ話で失礼いたしました。