息子の「こだわり」にどう対処してきたか、という過去を振り返るシリーズです。
これまでは、
と書いてきましたが、その続きです。
過去の息子のこだわりを思い出したときに、あれはどうしようもなかったな~というのも正直あります。
プロのセラピストさんなら対策を立てられるのかもしれませんが、私にはなかなかできなくて。
例えば、息子はドアの開閉が好きでよく繰り返しやっていましたし、
「開いたままのドア」が生理的に?嫌だったようで、どこかが開いていると必ず閉めに行きました。
あれって、どういう理由でとる行動なんでしょうね。
先日息子に、「君は小さい頃、ドアを開けたり閉めたりするのが好きだったんだけど覚えてる?」と聞いてみましたが、「覚えてなーい!」というつれないお返事でした。
まあ、忘れてくれてていいんだけど。
ドアの開閉。コレ家の中ならいいんですけどね。
ある時、あれは地下鉄の駅構内だったかなあ。。。
非常扉のような重~い扉が開いたままになっていて、息子がそれを無理やり閉めに行ったんです。
私はちょっと目を離していたのか、私が追いつく前に息子がその扉を思いきりバターン
と閉めたことがあって。
これヤバいなと思いましたね。
もし万が一息子が挟まれてしまったら。。。
あるいは、たまたま近くにいる小さな子を挟むような事故を起こしてまったら。。。
背筋が凍りました。
何か手を打とうにも、ドアの開閉を一切やめさせるのはなかなか厳しい。四六時中監視してやめさせるなんてできないですもん。
私だってご飯をつくるときもある、トイレも行くときもある、ボーっとしちゃうときだってある。その時息子は自由になるわけで。
なので、ドアの開閉をやめさせることはできなくても、せめて
「ゆっくりやろう」
ということを繰り返し教えたように記憶しています。
私なりの「次善の策」です。
開閉しても良いけれど、必ずゆっくり開けて、ゆっくり閉めること。
もしバタン!と閉めたときは「ゆっくり閉めて」と声をかけてやり直させたり。
外では重い扉を無理やり閉めたりしないように親が注意して見守るしかありませんが、家の中でもとにかく「ゆっくり開けて、ゆっくり閉める」これをできるだけ徹底させました。事故防止のためです。
それともう一つ。
ドアの開閉、当然のように友達の家でもやっていましたが、やっぱり少し奇異な目で見られるのを感じるんですよね。
ママ友が、何気なく息子を見る視線が、私に突き刺さる。ううっ痛い(被害妄想入ってる?)
なのでせめて、ドアを開け閉めするときに
「ドアが開きます。ご注意ください」
「ドアを閉まります。駆け込み乗車はおやめください」
みたいな声掛けをさせたりもしました。
つまり、これは無意味にドアを開閉をしているのではなく、
車掌さんのマネをしている「ごっこ遊び」なんだよ、というのを見た目的に装ったというか。。。
他人の目なんて気にする必要ない、という鋼メンタルの持ち主もいらっしゃると思うのですが(心底羨ましい!)、私は他人からの視線を気にしてはしょっちゅう凹んでいたので、
息子のためというより自分自身のためにやっていたと言えますね。
家の中では私が車掌になりきって
「ドアが開きます。ご注意…」と言いながらドアを開けてみせ、
「ドアが閉まります…」と言って閉めてみせ、
なんてことを息子に大袈裟にやってみせて真似させました。
前回の記事にも書いたとおり、息子は鉄オタなので、喜んで真似してくれたように記憶しています。
こうなると、ドアの開閉もかわいく見えたりします(ただししつこい)
こんなことをしているうちに、いつしかドアの開閉はしなくなりました。
電気のON/OFFもしつこかったですが、これもいつしか終わりました。
時々は注意したけれど、これもあまり手を打たなかったような。。。
こだわりは現れては消え(消し)、また現れては消え…だったような気もしますが、
でもこだわりの強度は徐々に和らぎ、いつしか生活に支障をきたすことがない範囲にまで弱まり&減り
そして今の彼には、こだわりと言えるほどのものはなくなりました。多分。
こちらも慣れてしまったので感受性がにぶくなっている可能性も否めませんけどね
(他の親から見たらこだわりと思うことがあるかも)
あ、「ブーム」はありますよ![]()
例えば今の彼は、なぜか「標識」とか「マーク」にはまっています。
2歳代?の頃にも標識ブームがあったのですが(この時はくもんのカードを使って教えたので、親主導のブームだった感もある)
今のブームはナチュラルに訪れたもの。
とりあえず、誰にも迷惑をかけないので見守っています。笑
これもこだわり、と言えばこだわりでしょうかね。。。
まあ今回は、こだわりを消し去るのが難しい場合、次善の策を講じてみるのも一案です、というお話でした。
ではでは、また![]()