ABAに対する誤解② 動物の調教みたい? | 息子の成長日記☆発達障害改善中!

息子の成長日記☆発達障害改善中!

息子は2歳半で「自閉症スペクトラム(ASD)の疑い」と言われました。親目線で見るとADHDの傾向もあります。
そこから療育をスタートさせ、ABA、身体からのアプローチ、感覚統合、栄養療法など様々な方法を実践してきました。
息子の成長を記録する日記です。

お待たせいたしました。いや誰も待ってないか…

 

このところなんだか忙しい毎日でしてショボーン

最近メッセージをいただいた方々、返信も差し上げず申し訳ありません。

後ほど送らせていただきますね。

 

 

さて、ABAの誤解を解きたいシリーズ第二弾。

「ABAって動物の調教みたいだよね」

という見方に対する私なりの思いを書いてみようと思います!

 

イラストでわかる ABA実践マニュアル: 発達障害の子のやる気を引き出す行動療法

 

なお前回も書きましたが、私は専門家でもなければABAをきちんと勉強した人間でもありません。

以下はささやかな経験に基づいた素人の感想に過ぎませんので、どうかそのつもりで読み進めてくださいねニコニコ

 
 
 
「ABAは動物の調教のようだから、あんなことはやるべきではない」という意見を時々聞きます。
 
 
正直に言います。
 
私は「動物の調教のようだ」という見方には、一部同意します。
確かにそんな風に見えてしまう場合があることを否定しません。
 
でも、だから「やるべきではない」とは全く思いません。
 
 
私がつみきの会に入会し、初めてABAセラピーの様子をDVDで見たときは結構なショックでした。
噂で聞いてはいたものの、それは確かに動物の調教のようにも見えました。その時の様子は過去の記事に残してあります。
 
 
それでも、ABAに取り組んで成長されているお子さんの様子を多くのブログを通じて知っていたので、ショックを受けながらもABAをスタートさせたのでした。
 
ただどうしても「強化子」(≒ご褒美)にお菓子を使うことに抵抗があり(まさに調教のようだと思ったのでショボーン
 
褒め言葉だけで課題を進めようとしましたが、これは全然うまくいきませんでした。
 
そこで渋々お菓子を使ってみたら、それまでできなかったことがまるでウソのように、スイスイと課題が進むようになったのです。
 
なんだこれ?
なんでこんなに息子の様子が変わるんだ?
不思議な感じがしました。
 
 
 
話は変わりますが、時々まだ1歳にもならないような赤ちゃんに、お母さんが両手を差し出して「ちょうだい」と言っている姿を目にします。
 
赤ちゃんが近くにあるものをお母さんの手にのせると、お母さんが満面の笑みで拍手をしたり、「えらいね~」と声をかけたり、抱きしめたり頭をなでたりする微笑ましい姿。
こういう光景、よく見かけますよね?
 
この時、赤ちゃんの脳のなかでは何が起きているのかな?と考えたことがあります。
 
まだ「ちょうだい」という言葉の意味を理解していない赤ちゃん。
たまたま近くにあったものをお母さんの手にのせたら、お母さんが笑って拍手をし、いつもより高い声を出した。
 
この時の赤ちゃんは、お母さんの笑顔が嬉しいんだろうな。
脳の中でドーパミンが出るんだろうな。
 
人の表情は1歳前の赤ちゃんでも理解すると言いますからね。
通常は。
 
 
「ちょうだい」という声(音)を聞き、たまたま何かを手渡したらお母さんが笑顔になった。その結果として自分も嬉しくなった。
 
もう一度「ちょうだい」と言われ、別の行動をしたらお母さんは笑顔にならなかった。あれれ?嬉しくないなあ。
 
さらに「ちょうだい」と言われ、もう一度何かを手渡したらお母さんが笑顔になった。やっぱり嬉しい。
 
嬉しいと感じることを繰り返すうちに、「ちょうだい」という言葉と何かを手渡すという動作とが結びついていくのかなあ、そうやって少しずつ言葉を覚えていくのかなあと想像しましたが、違いますかね?
 
 
 
ではここで問題。
 
「笑顔」の意味を理解しない子どもには、どうやって教えましょう?
「褒められる」ことの意味を理解しない子どもには、どうやって教えましょう?
 
 
発達に課題のある子どもは、相手の表情の意味を読み取るのが苦手とされています。
 
 
親が笑顔を見せても、それが喜んでいることだとわからない。
どんなに大げさに褒めちぎられても、その意味がまったくわからない。
わからないから自分もまったく嬉しくない。
 
 
先ほどの赤ちゃんの例と同じように、親が「ちょうだい」と両手を差し出し、その子がたまたま正しく行動したとします。
親は笑顔で「えらいね。正解だよ!」と声をかけるものの、子どもは全く無反応。
こんな時、君の行動は正しいよとどうやって伝えましょう。
 
正しいことを褒める代わりに、間違ったときに叱りますか?
子どもが「叱られる」意味を理解するなら良いけれど、叱られてかえって喜んでしまう子もいると聞きます。
すると逆に、間違った行動を増やしてしまう可能性が高まります。
 
何より子どもを叱ってばかりの毎日はきっと辛いに違いありません。
いつか手をあげてしまうかもしれない。
 
 
もう何が言いたいのかおわかりかと思います。
 
だから「強化子」が意味を持つのだと思います。
君の行動が正しいよ、というメッセージを伝えるための道具として。
 
笑顔や褒め言葉が意味を持たない子のために、お菓子やオモチャをあげる。
すると嬉しいから正しい行動を繰り返すようになる。
そして、徐々に言葉の意味を理解していく。
言葉だけじゃなく、できる行動が増えていく。
 
 
定型の子が、
 
親の「ちょうだい」→何かを手渡す→親に笑顔で褒められる→自分も嬉しくなる→言葉と行動が結びついていく
 
という流れだとすると、
 
 
発達に課題のある子に対するABAでは、
 
親の「ちょうだい」→何かを手渡す→強化子をもらう→自分も嬉しくなる→言葉と行動が結びついていく
 
 
これだけの違いなんだと私は理解しています。
 
表面的には確かに「動物の調教のよう」に見えるかもしれませんが、こうして書いてみると、普通の育児とプロセスはあまり変わらない・・・
 
変わらないとまで言ってしまうのは負け惜しみかなチュー
 
 
ただですね、未来永劫「強化子」を使い続けることは避けたいです。
なので強化子と共に「笑顔」や「褒め言葉」を忘れないことがとても大事だと思うのですが、長くなったのでそのことはまた今度書いてみようと思います。
 
あ、過去のこの辺の記事にも書いたつもりなんですけどね。
 
 

 

 

私の意見としては、
 
言葉が話せるようになるのなら、
また言葉だけではなく出来ることを増やしていけるのなら、
 
たとえプロセスが動物の調教のように見えたとしても、教えていくことが極めて人間的な行動であると私は思いますおねがい
 
 
「ストップ」と声をかけて立ち止まれるようになることは、その子の命を救うことにもつながりますからね。
習得は早いほど良いに違いない。
 

 

家庭で無理なく楽しくできるコミュニケーション課題30 自閉症の子どものためのABA基本プログラム2 (ヒューマンケアブックス)

 

 
さて、ABAに対する誤解を解きたいシリーズですが、他には以下のような誤解があるかなあと思います。
 
①ABAでロボットのような子になるのでは?
②特定の(ABAで指導される)場面ではできても、日常生活では活かせないんじゃない?
 
 
私の考えだけを先に書けば、
 
①なりません。うちの息子は毎日いたずら三昧で、もう少し言うことを聞くロボットのようであってほしいと願うことは多々あります。
 
②「般化」にしっかり取り組めば、日常生活に必ず活きてくると思います。
 
 
というところですが、また次回私の考えを書いてみますね。
ただ、毎日本当に忙しくて次の更新がいつになることやら、、、なので結論だけ先に書いておきましたニヤリ
 
 
よし!
がんばって書いたので、今からビールを飲みます生ビール
 

 

mutekidのおすすめグッズ