ADHD(気味?)な私のこと | 息子の成長日記☆発達障害改善中!

息子の成長日記☆発達障害改善中!

息子は2歳半で「自閉症スペクトラム(ASD)の疑い」と言われました。親目線で見るとADHDの傾向もあります。
そこから療育をスタートさせ、ABA、身体からのアプローチ、感覚統合、栄養療法など様々な方法を実践してきました。
息子の成長を記録する日記です。

今日は療育とは関係なく、私自身のことです。

なのでご興味のないかたはスルーしてくださいねニコ

 

 

息子の発達が気になっていろいろ調べるまでは、私は「発達障害」のことを一切知りませんでした。

 

「自閉症」という言葉は聞いたことがあった気がしますが、「引きこもり」の人のこと?という程度の認識でした。

 

今思うと恐ろしいまでの誤解です。

でも案外こういう人が世の中には多いような気もします。

 

 

さて、息子が発達障害かも…と思い調べまくった結果、私はあることに気が付きました。

 

 

あれ?私も当てはまるな

 

 

ということにです!!

 

 

特に、ADHDの「不注意優勢型」に書かれていたことは、まんま自分の姿でビックリびっくり しました。

忘れ物が多いとか、部屋を片付けられないとか…

 

 

そう思って自分の子ども時代を思い出してみると、出てくる出てくる状況証拠。

 

 

滝汗未就学の頃(4~5歳?)ですが、親からよく「横目でものを見る」ことを指摘され、直されていました。これって自己刺激…?

 

滝汗小学生の頃は忘れ物がやたら多かったです。教科書や筆箱を忘れるのは日常茶飯事で、ランドセルごと忘れたことも結構あります。今日は身軽だなあと思って家に帰ってからハッとするという。毎回落ち込みながら学校に取りに戻りました。

 

滝汗モノだけじゃなく宿題も忘れました。小学校4年のときの担任が家庭訪問に来て、「娘さんは宿題を一度もやってきたことがありません」と母に告げたらしく、その夜はすごい剣幕で怒られました。でも反抗心とか悪意でやらなかったわけではありません。キレイさっぱり忘れてしまい、毎回反省しました。でもまた忘れるという繰り返し。

 

滝汗どういう脈絡だったかは忘れましたが、小学校の頃に先生が「授業中にトイレによく行くのは誰ですか?」とクラスのみんなに質問したら、私以外の全員が私だと言ったのには驚きましたびっくりでも確かに行ってました(頻尿だったわけではなく、教室から離れたい欲求が高かったのです)。

ちなみに中高では逃げ場所がトイレから保健室に変わりました。

 

 

これだけ書けば、グレーどころか真っ黒という感じでしょうか…ゲロー

ただ自分で言うのもなんですが、成績はとても良かったんです。

 

 

その後中学に進み、

 

滝汗相変わらず忘れ物クイーンでした。ただ、小規模だった小学校(1クラスのみ)からそこそこ大きな規模の中学校(6クラス)に入ったことで、教科書は他のクラスから借りれば良いことを知り、あまり気にならなくなりました←それでいいのか

 

滝汗宿題も毎回忘れていました。当時は宿題をしないと定規でおでこを叩いてくる先生がいて(今なら問題でしょうね)、毎回叩かれました。でも本当に悪意などなく、きれいサッパリ忘れていただけです。メモをするという芸当もありませんでした(思いつきませんでした)。

そしてこの頃、どうしてみんなは宿題を忘れないんだろうなあ~と疑問に思っていました。成績は私のがいいのになあと。

 

滝汗試験対策はほとんど一夜漬けでしたが、成績は(控えめにいっても)かなり良かったです。ただ、テストの点数はだいたいどの科目も95~98点で、かならず1、2問をケアレスミスで間違えました。問題を読み飛ばしたり、勝手に勘違いすることが多かったです。

 

 

で、高校は進学校へと進みました。

高校に入っても忘れ物が直らなかったのは言うまでもありませんが、他のクラスの子から借りられたし、あまり気になりませんでした。

 

高校では勉強のレベルが一気にあがり、周りのみんなは勉強するようになっていましたが、私はその高校に合格したことに満足していたので1年生のときはほとんど勉強しませんでした。

成績は悪かったですが、だってここ進学校だから当然だよね~おいでと呑気に構えていました。

友達とカラオケばかり行ってましたウインク

 

ある時先生に呼び出され、「お前、勉強してないほうから10番以内に入ってるぞ。真面目にやれば東大に入れるぞ」と言われ、目玉が飛び出そうになりましたポーン

 

と、と、と、東大?この私が?

田舎者なのに?成績下のほうなのに?

 

でもなんだか嬉しくなって、東大の赤本を買いに行ったことだけは覚えていますラブ

 

先生は奮起を促すためにかなり大げさに言ったのだと思いますが、一瞬真に受けました爆  笑

 

(ちなみに東大には入っていませんよウインク受験しても100%落ちたでしょう)

 

 

試験勉強のやり方は結構変わっていたと思います。

高校ではさすがに一夜漬けではなかったけれど、数日前から、普通なら覚えられないくらいのページ数を一気に勉強し、もうこれ以上はムリというところでバタッと寝る。起きると記憶が定着しているから、その状態で試験に臨みました。

「過集中」の特性を自分で理解していたんだと思います。

 

そこから大学に進み(大学って自由度が高いから良いですよね。好きだわ~)、ちゃんと就職し、出産を機に仕事をやめて今に至ります。

 

 

仕事をしている頃は「ワーカホリック」気味でした。

コツコツやって100点満点をとるのは大の苦手でしたが、短時間で80点をとる、みたいな仕事は大得意でした。

仕事ではそこそこ評価もされていたんじゃないかなあ。って、そう思ってるのは自分だけかもしれませんね…ウシシ

ちなみに、陣痛が来るその日まで仕事をしていましたニコニコ

 

いまだに忘れ物はめっちゃ多いです。

一日の1/5くらいの時間は、どこにモノを置いたかを探している気がすることもあります。

メガネは?スマホは?リモコンは?みたいな。

 

ちなみにそういうときは、どこに置いたかを思い出すのではなく、「自分ならどこに置くだろう」と考えて探します。

どこに置いたかはほとんど覚えていませんが、自分のクセはわかります。

 

 

これまでなくしたものも数えきれません。

 

就職してからがんばって買ったヴィトンの旅行用バッグ。あれどこに行ったんだろうなあ?

・・・たぶん、出張か旅行のときに電車の網棚に忘れたんだと思いますが、いつどこで忘れたのかは不明です。何が入っていたのかも覚えていません。

 

腕時計は絶対になくすからつけません。傘はほぼ忘れるのでビニール傘しか使いません。

 

他にもいろいろ行方不明のものが…

でもたいていは何がなくなったのかも覚えていない気がするので、あまり気になりません(ヴィトンのバッグはある日唐突に思い出しましたが笑)

 

ホテルのように片付いた部屋に暮らしてみたいとは思いますが、全然片付けられません。ADHDだからと開き直るつもりはありませんが、片づけは本当に苦手ですショボーンお金を払って誰かにやってほしいとよく思います。

 

 

でも、こんな私でもなんとか、というより結構楽しく生きていますニコニコ

 

大人になるにつれて、メモをとるだとか、写メに残すだとか、いろんな芸当で自分の凹を補完できるようになりました。

スケジュール管理のアプリとか、便利なものもいっぱい出てきて助けてもらっています。

いい時代になったなあ…

 

なにより、主人と出会って結婚し、かわいい宝物の息子に恵まれましたハート

苦労がないとは言いませんが、幸せに暮らしています。

 

 

息子がどんな大人になるかは全然わかりませんが、ADHDの不注意型に関しては私が大先輩なので、先手を打って対策を教えてあげられるのではないかと思っています。

宿題が出たらメモしとくんだよー、みたいな。

(息子にそういう要素があったら100%遺伝だと思います。ごめんねショボーン

 

 

はーチュー

いつか私自身の特性のことを吐き出したいと思っていたので、ここまで書いたらなんだかスッキリ!キラキラキラキラ

 

 

こんな私ですが、これからも息子の療育のことをまた地道に記録していこうと思いますので、たまにのぞきに来ていただけると嬉しいです。

 

地道にっていうのが本当に一番苦手なのですが、息子のおかげでこのブログは続いていますおねがい



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