この時期は、リタリコの自費の枠に週2回、福祉センターに月1回の療育に通っていました。
それと並行して役所に受給者証を申請すると共に、受給者証が使える新しい療育先を探していました。
新しい療育先としてはまず、1時間座って勉強するタイプの場所を決めました。
子ども1人に対し複数の先生がついて見てくれるという、手厚い療育をしてくれるところ。
パズルをしたり、音声模倣をしたり、マッチングや仲間分けをしたり、文字や数字を学んだりする施設です。
これに加えて、さらに運動療育を入れようか、集団での療育も入れようか、家でできる療育も取り入れようか、、、
だとするとリタリコはやめようか、福祉センターはどうしよう、、、
私は迷っていました。
「主治医」のような存在がほしいと切実に思いました。
息子の状態を見て、ここが弱いからこういう療育をするといいですよ、こういう部分は十分だから必要ありませんよ、とか。
週○回が適当ですよ、療育先は○種類までが良いですよ、とか。
誰か専門家に息子の状態を見てもらい、適切な療育内容を決めてほしいと思いました。
児童精神科を受診する予約は、その時点で2か月先でした。
お医者さんならアドバイスをくれるかもしれない。
でも、待てない。
2か月だって惜しい。
それにお医者さんが適切なアドバイスをくれるかどうかもわからない。
迷いは深まるばかり。
時間は過ぎるばかり。
一つ、息子を通わせたいと思う運動療育の場所が見つかりました。
見学に行き、週1回なら枠を空けられるという返事をもらい、また迷う。
行かせるべきか、やめておくべきか。
主人と話しました。
「先に通うことを決めた療育先の先生に相談してみようかな。
それとも福祉センターに相談してみるかな。
『主治医』のような存在を決めるべきなのかな。」
迷っている私の言葉への、主人の答えが力強かった。
「主治医は、俺たちだよ。」
「俺たちが決めよう。」
ス――――――ッ としました。
専門知識は足りないかもしれないけれど、息子のことを一番わかっているのは私たち。
ここは私たちが決めていいんだ。
そう思ったら気持ちが晴れました。
私たちが決めないといけないんだと思ったら、覚悟も決まりました。
機会を失うことは避けたい。
でも、無理はさせられない。
息子の様子を見ながら判断すればいい。
自分の判断に自信を持とうと思うのと同時に、これは違ったなと思ったら、意地になったりせずすぐに方向転換しようとも思いました。
良さそうなものはやってみる。やってみないことには分からないから。
それで、ダメならやめる。
それを繰り返しながら、ベストな方法を探せばいいじゃんと。
そう心が決まった夜でした。
主人に感謝。