花の講習の時に、80年代の日本のヒット歌謡曲の話があり、テレサ・テンの「別れの予感」が挙げられました。女性としての個人的な感想は、あのような歌詞を好むのは、男性のエゴに他ならない。女性にはそういう風であって欲しいと願っている訳でしょう。男性に嫌われないように捨てられないように(?)直向きに頑張っている健気な女性。片言の日本語が余計にそう感じさせ、男性に自信を漲らせてくれるのでしょうか。その後、近所のスーパーでもこの曲が流れていたのは意図的だと思いました。そのような心情にさせたいと?無理やりのコジツケなんですよね。現代女性の恋愛観はそのようなものではありません。男性本位ではなく女性(自分)本位では?ですが、キリスト教やイスラム教、仏教などもそうですが、絶対的男性上位思想に基づいており、主導権を男性が握ることになっている。これを、何らかの組織(韓国と茶道界と学校組織かな)が、夫の方に主導権を与えようと策略したようです。韓国だとすれば儒教でしょうね。要はマインドコントロールです。その翌日、大阪地震がありました。

 

このマインドコントロールに加担しているのが、やはり学校やその他の組織で、夫の名前のものをおこなう際、無料かつ良い対応、子供のことも夫の名前においておこなう訳ですが、これについては、子供を学校組織の大人が虐めて、嫌々ながら強制的に私が出向く状況にするという状況を作り出しており、夫の事をおこなう方が良いとのマインドコントロールを組織的に策略しているのです。

 

グリコ森永の犯人の声明文にもあったように、「女性は大人しくしておくもの」といった一種の価値観の押しつけ。これがテロをも利用した暴力的革命の根本思想だと思っています。森永の社長が禅寺に籠もった(籠もらされていた?)ことについても、禅寺に籠もって少しは根性が出来ただろう、と啓すような事を犯人は警察宛の挑戦状の中で語っている。社長の亡くなった父親の墓守をしたことも讃めている。彼らはマルクス資本主義に反対し、精神論を説いた。 資本主義の否定、社会主義の標榜、共産主義の導入、北朝鮮礼讃教育思想との繋がりを示唆しています。

 

禅はもちろん、茶道界はこの思想です。「思想革命」「赤化革命」「左翼あるいは右翼テロ」、左翼テロと右翼テロの違いは、前者はオウムのように無差別に大多数を犠牲にし、後者は1人をターゲットにするもの(暗殺)だといいます。

 

日蓮宗僧侶が起こした血盟団事件なども「一殺多生」を殺人の理念にしていました。日蓮宗というカテゴリーから判断すれば、これを創価学会が引き継いでいる可能性があると思うのです。前者の無差別大量殺人の左翼テロに通じる思想は共産主義でしょう。 

 

本日もカルトの付き纏いと思える車両が前にいた。薄い黄色の新車と思しき軽自動車。初心者マークを付けていた。駅前で助手席から降りた女性が、わざとらしくご丁寧にこちらに会釈したことも腹立たしく思う。その軽自動車が私であり、私が乗っているシルバーのBMWが夫という見せかけにしたいのだろう、と思いました。その初心者マークというのが、私に初心に戻ることを説教しているかの「カルト」であると非常に迷惑千万に感じる。被害妄想ではない。四六時中の付き纏いですから分かります。同一人物ではないですね。何らかの思想的な組織であると思います。

 

男性は大きい車に乗るが、女性は小さい車でなければならない、といった押し付け。私は軽自動車など乗ったことがない。即ち、私にとっての「初心」とは、母が運転していたクラウンであり、父が乗っていた大きな外車の後部座席であって、勝手にストーリーを作り変える事をしないで頂きたい。結婚後は、主人を立てる為に、大を夫に、小を自分に、また、夫を都会に、妻は田舎に、また夫には標準語と英語を、妻は地元の言葉と年寄り子供の世話、といった価値観の押しつけ。日本はそうであるとの押しつけ。そうとは思いません。彼らカルトは、ヤフー掲示板の投稿なども逐一チェックし、それと反対の状況を作り出して、私の目の前に登場し、ストーカーしているのです。「思想教育」のターゲットになっている事には間違いありません。 こちらは息子を送るのに、朝からノーメイク。その前の軽自動車の助手席から降りた女性は、勤めに出ると見えて、化粧してそれなりの身なりを整えている。その対比を見せつけたかったのでしょう。軽自動車対外車の負け惜しみの復讐です。いちいち、出掛ける時間を合わせて、こちらがノーメイクであることを予め、非合法手段で知って、運転席にいる私を見て会釈までするこの馬鹿女たち。ストーカーは男性だけではないんです。このように、女性もである。私にこうであってほしい、というところを見せているようですね。余計なお世話。