「朝鮮総連の大罪ー許されざる、その人々」やはり、不当な監視行為や嫌がらせ、破壊行為、拉致事件の真相の行き着く先、解決の糸口は、ここにあったのです。「朝鮮総連」。しかしながら、この在日韓国人の組織が阿諛追従してきた存在が北朝鮮であり、北朝鮮の社会主義=共産全体主義の為に、総連が腐敗して行った、との記事が別にありました。現在の韓国、文政権が正に、国民の反対を押し切って、この社会主義に邁進する為に、社会主義者を法務部トップに、自身の後継者に抜擢したそうですが、これも、北朝鮮関係者からの「意向」であるようです。
本書の著者は「1959年末から始まった在日朝鮮人の北朝鮮への帰国をとらえ、金日成は彼らを「人質」にして「朝鮮総聯」をコントロールしていきました。そしてついには、日本国内に自分たちの手足となる組織につくり変えてしまった」と書いています。
拉致事件が多発した70年代から50年経過した現在でも解決に至らない。それは、この解決を求めることを差別問題やヘイトスピーチとして糾弾し、言論弾圧がおこなわれてきた為ではないでしょうか。この北朝鮮の思想を正当化している学校教員群や仏教組織が、如何に反日であるか、危険であるか、成程、こうしたストーカー行為をおこなっているからこそ、ターゲットを執拗に追跡して精神を参らせ、自滅に導くという恐るべき破壊活動が行われるわけです。
「おい、しっかり見てろよ。今日はあいつをつけ回すぞ」
「え、なぜですか」
「(総聯)中央がそうしろって言ってるんだ。工場の仕事なんかより名誉ある仕事だぜ。あっ、コーヒー注文した。ブルジョアめ。おっ、日本のブル新聞(ブルジョア新聞。社会主義者が『朝日』や『読売』などの一般紙を蔑んで言う)なんか読んでやがる。朝鮮新報を読めよ、民族反逆者めが」
こうしてその紳士をつけ回した挙げ句、夕方に東京駅の前で若い女性と密会する現場を押さえることに成功した。
「おい、写真撮れ、写真」
そうして、近所の喫茶店から電話して、別の張り込み員に来てもらい、ようやく宿舎に帰ることを許された。
「今日なんぞは楽な方だぞ。二、三日帰れないこともあるからな」
「先輩、あの人は絶対に僕たちの尾行に気づいていたと思うのですが」
「当たり前だろう。そのためにやってるんだから」
「えっ!?」
「こうやって神経をまいらせるんだよ。あいつは陰で次期議長の金炳植副議長の悪口を触れ回っている不心得者だから、こうしてお灸をすえているのさ。しかし今日、浮気の現場を抑えたから、あいつももう終わりだ。それにしても、お前けっこう筋がいいな。これから、もっと働いてもらうぞ」
「筋がいい」といっても能力を評価されたのではない。先輩の言うことに何でも口ごたえせずハイハイと従うところが評価されたに過ぎなかった。しかし、人を疑うことを知らない当時の宋さんはそんなことにも気づかなかった。
こうして、なし崩し敵に宋さんは、朝鮮総聯の秘密部隊「ふくろう部隊」の手下となった。これは総聯の若手エリート集団ということになっていたが、実態は金炳植の手先として、反主流派の幹部をつけまわし、一挙手一投足を監視し、報告するのが主な仕事だった。夜中に繰り返し無言電話をかけたり、匿名で脅迫状を送ったりもした。幹部本人だけではなく、その家族をつけまわしたり、脅したりした。
著者の金昌烈氏:
「朝鮮総聯」は、長らく謎の多い不可触(アンタッチャブル)な組織とされてきました。部分的に語られたり、事件が起こるとその際に問題になる程度で、全体像を知るすべのなかった組織でした。つまり、これまでは日本人はむろん在日韓国・朝鮮人でさえ、きちんとした実像として「朝鮮総聯」を捉えられる書物を読むことはできなかったのです。私は、2002年「9.17」(金小泉・日朝会談)を契機に、その「朝鮮総聯」の全貌を歴史的かつ構造的に解明し、あるべき姿を訴えるべき時がきたと考えるにいたりました。 1959年末から始まった在日朝鮮人の北朝鮮への帰国をとらえ、金日成は彼らを「人質」にして「朝鮮総聯」をコントロールしていきました。そしてついには、日本国内に自分たちの手足となる組織につくり変えてしまったのです。朝鮮総聯を日本へ「主体思想」「工作員」「麻薬」の類いを注ぐパイプ役に仕立てる一方で、「金」と「技術」と「人力」を吸い取る役目も押しつけてきました。このようなやり方に対し、心ある者は激しく反対しましたが、衆寡敵せず、志を遂げることなくついえ、ある者は廃人となり、ある者は自暴自棄になったりしたのでした。 本書の執筆にあたっては、まずもってわかりやすい朝鮮総聯通史とでも言うべき章を中心に、長い間見続けてきた朝鮮総聯の正体を裏面史を含めて解き明かす心づもりで取材を進めました。時にして見かける関連ニュースや、唐突に起きる北朝鮮がらみの事件がどのような背景で朝鮮総聯に結びつくのか、そうした面に注意をはらって記述しました。ですから、読者がこれまで見聞きした切れ切れのニュースが、どういう背景のもとで起こってきたのか、その全体像や仕組みに合点がいくはずです。 北朝鮮とは相対的に距離をおき、これまでの積年の過ちを反省し、在日同胞の現実を見据えた本来あるべき姿の組織に立ち帰るといった方向に路線転換すれば、甦る可能性は大いにあると私は考えます。 本書が、在日韓国・朝鮮人はもとより、日本と朝鮮半島に横たわる問題を憂い、お互いの友好を考える人たちのための必読書となることを望んでいます。
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