我慢とは?

 

と今日は考えたいと思います

 

 

我慢とは

 

自分を抑えて耐える事

 

辛抱すること


鍛錬 修練

 

と私たちは思いますけれども

 

そう使われる一方で

 

 

仏教用語では

 

「自分を偉いと思い他人を軽んじる」事


慢心

 

とされています

 

 



修練するといえば

 

 

子供の頃でしたけれど

 

初めてお茶会に参加した時

 

 

家に畳の部屋がありましたので

 

私にはそれほどでもなかったのですが

 

一緒にいた友達は

 

額に汗を浮かばせて眉間にシワを寄せて

 

一生懸命耐えていました

 

 

 

「我慢大会ではございませんので

 

足をゆったりとしてください」

 

 

とご亭主に言われたけど

 

誰も足を崩さない。。

 

そんな場面で足を崩せる雰囲気ではなく・・

 

 

 

 

我慢大会?

 

面白いなと思って今でも覚えています

 

でもそれから度々

 

お茶会の決まり文句の様に

 

ご亭主がその言葉を仰られているのを

 

耳にした事があります

 

 

 

海外の方に茶道体験する時は

 

「You can cross your knee in front of you like Yoga pose」

 

(ヨガのポーズの様に膝をクロスしていいですよ)

 

などと言ったりします

 

お茶を楽しんでもらう目的で

 

辛さを強いるのは目的が違ってしまうとの考えです

 

 

 

茶の道を進もうという心持ちの人は

 

正座する事が基本。徐々に慣れて欲しいですね

 

 修練はある程度必要





アメリカの実験では


子供にマシュマロの山を見せて


「今すぐ食べたい人は1つ食べていいですよ。


20分待てたら2つ食べられます」


と言ったらほとんどの子はその場で1つ食べて


20分辛抱した子は少数だったらしいです。


その子供達が成人し、どう生活しているかを調べたら



後者の殆どがビジネス成功者になっていた。


という結果が出たそうです。



その場の快楽に流されず、長い目で未来像を描き


その時自分がどうしたらいいのかが判断できる



という事ですね。




辛抱したり修練する事はある程度必要なことです





 

 

 さて


もう一方の


仏教の


我慢とは

 


 

 

我(自分)を慢(慢心)する事

 

を意味します

 

 

この慢心の慢は智慧を妨げる煩悩の一つであります

 

108の煩悩の一つです

 

 

その108中の六大煩悩の中に

 

慢心があります

 

6つの煩悩とは

 

   貪 (どん)    欲がすぎる事

 

 瞋(じん)    怒りの心

 

 癡(ち)     愚かな事

 

 慢(まん)    驕り高ぶること

 

 疑(ぎ)     疑う事

 

 悪見(あっけん) 間違った見解を持つ事

 

 

 

慢は

 

おごりたかぶるという意味で

 

我慢は良くないとされています

 

 

他人と自分を比較して

 

自分が上だと思ったり

 

自分は下だと卑下したり

 

 

他人に敬意を払うことは良いことですが

 

 

自も他も同じという心を持つこと

 

 

ちょっとやだなと思ってしまう場面も

 

生きていれば色々ありますが

 

そこでイライラしたり欲を持ったり疑ったり・・

 

と煩悩に揺さぶらせている自分に気づき

 

感情を手放す

 

そしてその様な場面に遭遇したら

 

これは自分が成長するための宝であると思う事が大切です

 

 

NLPでは手放したい感情を

 

コントロールするワークがあります

 

 

心豊かに過ごしたい

 

成長したい

 

自分を変えたい

 

そう思う心こそ

 

成長の第一歩をすでに踏み出していると思います

 

 

あなたを応援しています