台風が二つも接近して
大雨の模様です🌀
東京はオリンピックの閉会式の日ですね🏅
アスリートは日々、体調の管理とトレーニングを重ね
今日この日をどう生きるか
1日も無駄にせず、積み重ねて来たのですね
今日はこの言葉を取り上げました
懈怠の比丘は明日を期せず
(けたいのびくは みょうにちをきせず)
という言葉があります
この言葉の由来となる出来事は約400年前になります。
茶道表千家第三代家元、千宗旦は祖父である千利休の切腹を子供の頃に目の当たりにし
一時期、蒲生氏郷の所に居を移していましたが
許されて京都に戻ることになりました
ところが宗旦は京都に戻っても
隣の部屋に行かねばならないのにどうしても行けない。
やらなければならないことができない。
今で言うところの鬱状態だったと言われています。
余程、武士でもない祖父が家で切腹になり
衝撃だったのだろうと推察されています。
京都で大名の茶頭となることへの抵抗感があったと思います。
はやばやと家督を第4代家元となる江岑に譲って裏手に隠居したいと表明しました
隠居の際に、大徳寺の清巌宗渭(せんがんそうい)を隠居場所に招いてのですが
「もし和尚が来られたら明日改めてお来し願うように」
と言って外出してしまいます。
訪ねて来た和尚はこの句を墨書して帰りました
「私は怠け坊主だから
明日来られるかわからない」
表面上はこう書いたのですが
深層には
「未来に期待したり不安がったりせず、
今、この時のみを充実して生きなさい」
今日1日を精一杯過ごす大切さを解いたのでした
「明日?そんなものはどうなるかわからないよ」
宗旦は帰宅すると慌てて大徳寺に向かい
「今日に! 今日に!」
と言ったそうです
宗旦は隠居先である屋敷の裏の庵を
今日庵と銘して今は裏千家となっています
裏千家のことを今日庵と呼びます
このお話は大好きです。
ちなみに数年前に隠居された前代の表千家のお家元は
宗旦となられました
表千家を不審庵と言います
今日のことを明日に先延ばししているのではなく
今日を精一杯生きる
一つずつの積み重ね
何をやるにしても大事なことですね
心していきたいと思います
