公園のなかに

先祖の墓がある。

そこは、海を望む美しい聖地



 沖縄に四年振りに帰ってきたら
叔父がICUに運ばれた。と、いう報が待っていた。
見舞いに行くと幾つもの管が
顔を覆っている。いたましい。

 

 医師の説明によれば
安静へと向かっている。とのこと。
「よかった」と胸をなでおろした。


 暫くは問題がないだろう。と、

沖縄に戻ってきた目的のひとつである
グスク巡礼の旅に出た。

 

 出発する日の早朝4時過ぎ
電話が一度鳴った。
間違い電話か?


 気にかけることなく、自宅を出た。 

泡瀬ビジュルを起点に
朝5時グスク巡礼の旅に出る。


 7時勝連城着。306度見晴らしのよい
丘の上である。
泡瀬の海の向こうに
中城城址がみえた。


 その裾野の病院に叔父はいる
帰りに見舞いへ行こうか。と思った。


 勝連城を後に1時間ほど歩くと
突然、携帯電話が鳴った。

叔父が亡くなったとの知らせ。
慌てて自宅へ戻る。


 偶然に偶然が重なりあったのか
不思議なことばかりが起こった。


 実は叔父をモデルにした小説を
ある出版社の懸賞小説に応募している。

 今回の帰沖は次回作の取材でもあった。


 通夜の席で叔父、叔母に「あなたを呼んだのね」
と、いわれて不思議なキモチになった。



沖縄市泡瀬でムタばなし-haka-1








◎叔父も眠る墓の前。向こうに泡瀬の海がみえる。






泡瀬っ子は
もちろん
アワセそば



 泡瀬は沖縄そばの激戦区だ。
新興のそば店が味を競う。
スープも麵も味わい深い。


 だが、そば。と、いえば
アワセそば。で、決まり。

 風味の変わらぬ、かつお出汁と平メン。

いなり寿司、八十円也を供して
腹をくちくした。

 クヮッチィー サビタン。
(ごちそうさまで、ござる)


沖縄市泡瀬でムタばなし-soba












人が消えた
ここが、あの一番街
パークアベニュー?



 何十年振りかに胡屋一番街へ
出かけたら、人がいない。
アーケードのなかには
七夕の飾りだけがにぎわっていた。



沖縄市泡瀬でムタばなし-goya1

 こ、これは不況か。これが不況なのか?
びっくり。
一番街、パークアベニューといえば
沖縄市の原宿ではなかったのか。


沖縄市泡瀬でムタばなし-goya2


 沖縄へいらっしゃる観光客のみなさま
ぜひ、胡屋一番街へ足を運んでください。
お願いします。


 ぼくはねじれたデザインの
リング千円也を買いました。
いえ、おもわず買ってしまいました。










陽の登る前
ビジュルに
アフリカをみた。



 朝、5時35分まだ陽の登らぬ
ビジュルの公園でアフリカマイマイと遭遇。

沖縄言葉でチンナンという。

 

 食糧用に輸入をしたと聞くが
どのように調理したのか知らない。


 エスカルゴのようなテイストだったのか?
とはいってもエスカルゴが
家庭の食卓に乗ることは珍しい。


 ので、味は不明。食する勇気もなし!


 チンナンの横に百円硬貨を置いてみた。
蝸牛より大きいんだよ。


沖縄市泡瀬でムタばなし-maimai









泡瀬漁港午前6時
遊漁船は
朝日に向かってゆく。



 泡瀬の1日のはじまり。
停泊する漁船を照らして朝日が昇る。


沖縄市泡瀬でムタばなし-gyosenn-2


 静粛な海をエンジン音が響く。
おだやかな波をゆるがして
釣り人を乗せた遊漁船が

黄金色に染まる海へ消え入る。

 

 町が眠りから覚める直前、一瞬の風景。

波を掠めて水鳥が弧を描いた。
薄い潮のかほりが、こころをゆたかにする。


沖縄市泡瀬でムタばなし-gyosenn







病院から来た
ネコのミミは
存在感がない。



 4年振りに沖縄市泡瀬に帰ってきたが、
自宅にネコがいた。


 おや。と頭をかしげたのにはわけがある。

我が家ではネコなど飼ったことがない。
何故にネコなのだ?



 聞けば母がアワセ第一医院から
もらってきた。と、いう。
患者さんが置いていったネコ。

医院の近くでいつもぼんやり、いるのが
気になったらしい。


 とても静かなネコでソファーの裏や
廊下で寝ているので幾度か尾をふんづけた。

とても穏やかで存在感の薄い透明なネコである。


 ネコなど飼ったことないから
わからないが、こんな不思議な態勢で
寝るものなのか。



 みなさんの家のネコはどう?

ちなみに沖縄の言葉でネコはマヤーといいます。



沖縄市泡瀬でムタばなし-mimi