本気で別居か、別離を考える日々が続いていた。

きっと誰もがそんな人とは別れた方がいい。

子供がいないうちに別れを決めた方がいい。

そう思うに違いない。

 

どんなに頑張っても、努力が報われないこともあるのか。

それとも、頑張っているふりをしているだけで、本当はやっていないのではないか。

同情する気持ちと、責める気持ちが胸の中でグルグルしていた。

 

何食わぬ顔で眠っている彼が憎らしい。

平然とご飯を食べている彼が理解できない。

なぜこの人は苦しんでいないのか。

苦しい思いをしているのは自分だけなのか。

 

何のためにこの人と一緒にいるのか分からない。

 

そんな状態だった。

 

暇があれば、ハローワークの求人を検索し、よさそうなところを彼にメールしたり、毎日のように日々の活動の確認をしたり。

志望動機を考えたり、自己PRを見直したり。

自分が就職活動している時よりも、もどかしく辛い。

 

こんな日常にも疲れてきた。

もう楽になりたい。

自分ひとりの方がどんなに楽だろう。

実家に戻った方が、貯金もできるしストレスもなくなるのではと考え始めていた。

 

自分で言うのもなんだが、私は人当たりも良いし、色々な資格を持っていて、色々な職場での経験もあるので、使いやすい人材だと思っている。

ただ、今まで正社員で働いたことがない。

 

しかし、学校を卒業してひとつの企業でずっと正社員で働いている人よりも色々な経験をし、パソコンの知識などもそれなりに持っているので、時々、派遣会社から派遣されたところの社員よりも仕事ができてしまうことがある。

 

それをいいことに、私に仕事を押し付ける正社員。

 

うまく手を抜ければいいのだが、与えられた仕事はきちんとこなそうと思うので、頑張りすぎてしまうところがある。

 

そのことを後悔するのが、ボーナスの時期である。

 

私よりも働いていない正社員がボーナスをがっつりもらってウハウハしている姿を見ると、切なくなる一方で、自分をバカだと思う。

 

正社員と派遣社員の境を自分でつけておかないとこうなってしまう。

 

これまで何社からか、正社員で働かないかと誘われたこともある。

ただその時はタイミングが悪く、自分がやりたいことが他にあったり、自分の望む仕事内容でないといったことからお断りさせてもらった。

 

しかし、今となっては、私だけでも正社員で働いていたら生活が変わっていたのではないかと思ってしまう。

高い給与は望まないから、早く仕事が決まってほしい。

このままでは、またも別居か・・・

色眼鏡ではなく、客観的に見ての意見だが、彼の就職が決まらない理由が全く分からない。

見た目は普通…いや真面目な好青年に見える。

話し方もきちんとしているし、態度もちゃんとしている。

それなのになぜ就職が決まらないのだろう。

 

きっと彼を雇うと会社はすごいプラスになるであろう。

何故なら、うまく利用できる人だからだ。

車関係の免許を色々持っていて、素直で大人しく何でも従うであろう人なのに、彼を雇わないなんてもったいないと私は思ってしまう。

ただ職歴が良くないので、そこばかりに目がいき採用を考えるのだろうか。

それであれば今まで彼が受けて落とされた会社の人事は見る目がないと思ってしまう。

 

私は彼の悪いところは厳しく言うようにしている。

すると彼は素直に聞き入れ、直そうと努力する。

徐々に成長していると結婚してからの彼を見て思う。

 

彼が働いていた頃は、遅刻や早退もせず、上司に逆らうなどもってのほかで、やれと言われたことはきちんとやるように努力していた。

どんなに罵倒されても耐える忍耐強さもあった。ただマイペースなところがあるので、すぐに結果を求めるような人は、彼を見てやきもきしてしまうだろうが、正確さや丁寧さを求めるのであれば彼はうってつけの存在であると思う。

 

採用担当者は一体どんなところを重視しているのであろうか。

働いても不真面目で、態度も悪く、遅刻や欠勤は当たり前の人もいる。

接客の仕事でも、それが客に対する態度なのかと疑いたくなるようなこともある。

接客でなくても、会社の名前が書かれた車に乗って危険運転をしている人もいる。

会社の看板を背負っている人の行動なのか。

いったいそこはどんな教育をしているのかと、会社のあり方まで問うようなことがある。

 

それでも、その人には仕事がある。

こんなに真面目な彼にどうして仕事がないのであろうか。

そして、仕事をしている人の責任感のなさにびっくりする。

自分が一企業の組織の一人であることを忘れているのか、意識がないのか分からないが、まるで会社のことなど考えていない人が多く見受けられる。

そのような人を野放しにしておいて、本当に良い人材を、以前の経歴などで判断し、正しい選択が出来なくなっていることをとても残念に思う。

 

私がもし会社の採用担当であれば、正しい見方が出来るよう努力すると思う。経歴や見た目だけにとらわれず、その人の内面が垣間見れるような面接をしたいと思っている。

しかし、私は採用担当でもなければ、人を雇うほどの会社を持っているわけではない。

 

よく外食などをすると、とても素晴らしい接客をしてくれる人がいる。

最低賃金で働いていても、いい仕事をする人もいるのだ。

それに比べただ高学歴であるだけで、高い給料をもらい、ろくな仕事も出来ない人たちが多く存在する。

いつか、公平に判断し、その人に見合った給料が与えられる世の中が訪れるといいのだが。

季節外れだが、バレンタインデーについてのことである。

これまで私は、職場の人へのバレンタインデーは、だいたいが一緒に働いている女性と一緒にお金を出して、ちょっとしたものをプレゼントするという感じで行っていた。

 

しかし、ここ数年は、小規模の職場で女性が私ひとりであったため、バレンタインデーはどうしようか悩んでいた。

だがやはり、職場の人にはいつもお世話になっているので、あまり高額ではないものを渡すことにした。

高額ではないと言っても、私にとっては痛い出費である。

しかし、これだけで今後が安泰であれば安いものと割り切って、わざわざ時間を割いてデパートへ出かけ、その人の好みや見た目、味など色々考慮して購入し、バレンタインデーの日に渡した。

 

お返しを期待してあげたわけではないし、私の勝手な感謝の気持ちなので、お返しがなくても当たり前と心の中で思っていたのである。

 

 

前職では、正社員になれるものと思っていたので、ちょっと奮発してみた。

こんなことをしてその後の仕事が、どうこうなるとも考えていない。

そんなことで正社員の仕事が決まるとも思ってもいない。

しかし少なからずお金を出して、プレゼントするということは、日々の感謝の気持ちだけでなく、色々な気持ちが含まれている義理チョコ。

 

それから1ヶ月後のホワイトデーである。

 

「あ、ホワイトデーの買おうと思ってたんだけど、忘れてたわ」と言われ、

「いや、そんないいんですよ。そんなつもりじゃなかったので。」と愛想笑いを浮かべて答える。

その時は本当に心からそう思っていた。

 

その数週間後に「解雇」のお返しを受けた。

 

次の職場でのバレンタインデーは、男性が2名いる。

何もしなくていいかなと思っていたが、やはりお世話になっているからなという思いから、二人にそれぞれ義理チョコを渡した。

 

1ヶ月後、これまた期待していたわけでもないが、ある程度、給料を貰っているであろうおっさん二人なので、それなりのお返しはあるだろうと内心思っていた。

豪華なお返しを期待していたわけではない。

少なからずちょっとしたものをそれぞれ用意してくれているかななどと思っていた。

 

私の考えが甘かった。

もらったものは二人からハンカチ1枚。

どう受け取って良いのか分からなかった。

これなら何も貰わない方が良い。

お礼を言うこちらが恥ずかしくなる。

その日は、直接目を見ることができなかった。

 

もちろん“3倍返し”が普通であると言われていた以前のように、お返しを期待して渡すものではない。

しかし、それなりの気持ちも入っている。

それを「忘れた」や「二人で一つ」といったお返しとはどういうことなのだろうか。

これは不況だからとか、不必要な行事だからといった事で終わらせられるものなのだろうか。

何度も言っているが、お返しを期待するわけではないが、自分の気持ちを踏みにじられたようで悲しくなった。

周りの人を見ていて不思議でしょうがないことがある。

それは、普通に正社員で仕事をしていて、お金がないという人。

夫婦共働きで、お互いに収入があるのに、ケチな人。

普通に働いていてしかも実家暮らしで、そんなにお金がかかることもないであろうに、お金がないと言ってケチケチする人。

 

うちは、無職の彼に、私は正社員ではないので収入などあってないようなものだ。

日々の生活はなんとかなっているが、貯金が出来る余裕などない。

それでもやはり、お祝いや交際費など必要なものはある程度出費するのは仕方がないと思っている。

なので、そういったところでケチケチせず、自分たちの生活では我慢をし、節約をしようと考えている。

 

でも、他の人を見ていると、それほどお金に困っていなそうな人が、

「お金がない。あ~、出費が続いて困るわぁ。」とつぶやいたり、お世話になってもお礼もしなかったりといったことをよく目にするのだ。

本当にお金がないのだろうか。かといって、それほどお金を無駄遣いしている様子はない。

それとも、貯金にまわし過ぎてお金がないと言っているのだろうか。

このようなことは、女性に限ったことではない。

 

私はいくらお金に困っていても、周りの人にお金がないことを言わないように気をつけている。

それは、変な見栄やプライドなどではなく、「お金がない」と言ってしまうと、本当にお金が離れてしまい、私の元からいなくなってしまいそうだからだ。

だからと言ってお金があるフリをすることもない。

必要であればお金を出そうと思っているし、必要なければお金についてそんなに口にすることはない。

お世話になれば出来る限りお礼もするし、お祝いや不幸があればきちんとしようと思っている。

自分よりも困っている人がいれば、出来ることがあれば助けたいと思う。

募金などにしてもそうだ。ただ募金については、昨今詐欺まがいの募金活動をしている輩がいるので、その辺は見極めて行うようにしている。やはり、人は助け合っていくものだと思っているからだ。

 

たとえ、「この人とは一生関わらずに生きていく。」「あんたの助けなんていらない。」と思うことがあったとしても、決して口に出さないでいた方が良い。

口にしてしまうと、なかったことには出来ない。心の中でどんなに叫んでも、平静を装う。

一度、自分の家族にひどいことを言ったことがある。

それをどんなに後悔しても言ってしまった言葉を取り消すことは出来ないのだ。

謝ってもきっと言われた方は心の中にずっと残り続けるのだろう。

私はその重さを身をもって知った。

傷つけた言葉をずっと胸に抱えて生きていかなければならない。

このような過ちを二度と繰り返さないためにも、このことを肝に銘じて生きて行こうと思う。

それなのに、彼に対してつい酷いことを言ってしまうのは何故だろう。

いつか災いが起きないことを祈っておかなければならない。