岡山市北区の造山古墳。最上稲荷へ寄った午前中は晴れていたのに、午後から曇ってしまい残念。左が前方部、右が後円部。

 

造山古墳前方部の上にある荒神社。丘陵が、権力者の墓となり、その上に神社が建てられ、現在も一般人が歩いて登れる。

 

造山古墳前方部からの展望。備中高松駅方面。岡山ジャンクション方面。

 

総社市の作山古墳。左が前方部。右が後円部。

 

作山古墳後円部のピークにある平地と案内板。

 

図らずも、最上稲荷で始まり、備中国総社宮で締めくくられた一日。23キロを早歩きし、温度差も激しく疲労困憊。

 

 

 10月に、吉備の中山とその付近にある、吉備津神社、栄西禅師生誕地、中山茶臼山古墳(中山御陵)、黒住教本部を歩いたあと、吉備の国に興味が出てしまい、日帰りで最上稲荷(龍王山)を歩いたことは、前回に述べました。

 

龍王山(最上稲荷)、山歩き(聖地巡礼シリーズ その5)。 | 武術とレトロゲーム (ameblo.jp)

 

 その後、当初の予定だった岡山市北区の造山古墳と、総社市の作山古墳を巡ります。

 

 造山古墳(つくりやまこふん)は、岡山県で最大、日本国内で第4位の巨大古墳で、一般人が立ち入ることができる古墳としては全国最大規模の古墳です。

 

造山古墳|観光スポット | 岡山観光WEB【公式】- 岡山県の観光・旅行情報ならココ! (okayama-kanko.jp)

 

造山古墳 (岡山市) - Wikipedia

 

造山古墳 - 岡山県ホームページ (pref.okayama.jp)

 

 造山古墳は岡山市内にあり墳丘長は約350メートルです。それに対して、総社市内には同じ発音の作山古墳があり、墳丘長は282メートルで、岡山県内で第2位、日本国内で第10位の規模となります。こちらも、一般人の立ち入りが可能です。区別するために、前者を「ぞうざん」、後者を「さくざん」と呼んでいるようです。

 

国指定_作山古墳 (city.soja.okayama.jp)

 

作山古墳 - Wikipedia

 

作山古墳 - 岡山県ホームページ (pref.okayama.jp)

 

 姫路には、壇場山(だんじょうざん)と言う古墳があり、墳丘長142.8メートル、高さ13.2メートルとなっています。壇場山は、「山」ではなく「古墳」ではないかとの意見がありますが、過去に「山歩き」として紹介させていただきました。

 

壇場山(古墳)、二子山(中鈴山古墳)、山歩き(古墳巡り)。 | 武術とレトロゲーム (ameblo.jp)

 

 今回の造山古墳・作山古墳も「丘陵」から築造された「古墳」ですが、「山歩き(丘歩き?)」として掲載させていただきます。最上稲荷妙教寺を去り、JR備中高松駅の北側から南側へ向かいます。残念なことに、このときぐらいから、晴れから曇りへと天候が変わってしまいました。晴れた状態で造山古墳を撮影しようと座って待ちましたが無駄でした。一枚目の画像の通りです。造山古墳は、最近初めて埴輪列が初確認されたばかりで、

 

造山古墳で埴輪列を初確認 テラス部から出土 岡山市教委調査:山陽新聞デジタル|さんデジ (sanyonews.jp)

 

 後円部には複数の学芸員らしき方が見受けられました。立ち入りが禁止になっているかもしれないと近づきましたが、通常ルートは大丈夫でした。自分が学生の頃は仁徳天皇陵と呼ばれた大仙古墳などは、ずっと一般人の侵入を拒んでいます。それを考えると、こんなに大きな古墳の上を自由に歩けるのは、幸せでありがたいことです。最近、生命と身体に危険が及ばない程度のハプニングとアドリブのある旅行を目指しており、両古墳についても詳細な下調べををせずに来てしまいました。最初に辿り着いたのは前方後円墳の後円部の北東方面。よくわからず反時計回りに半周して前方部の南東方向の角の踏み跡から登ってしました。帰るときに気付きましたが、前方部の南方向の角にしっかりした登り口と説明板がありました。前方部を登りきると荒神社がありました。三方荒神ではなさそうな気がします。まさか、大和朝廷にまつろわぬ荒ぶる神ではないでしょうね。もともとは、自然にできた丘陵、そこが人為的に削られたりして権力者の墓となりました。やがて、墓には草木が生え、墓の上に神社が建ちました。そして現在は、現地と馴染んで、誰でも歩ける古墳となっています。その流れに思いを馳せると、ロマンがあり、感慨深いものがあります。後円部からは、三枚目の画像の通り備中高松駅や最上稲荷大鳥居のある北西方面への展望が開けていました。風情のある古墳上の小道を歩き、前方部の南部へと下りました。そこから、総社市にある造山古墳まで歩く予定です。歩いていくうちに、よく復元・整備された千足古墳(造山第5号墳)が左側に見えましたが、時間と体力を考慮して寄りませんでした。

 

 それから、岡山市を越えて総社市へ向かいました。総社市に入って備中国分寺の五重の塔が見えました。しかし、朝の寒さに午前10時ごろからの暑さと龍王山でかいた汗、午後からの曇りによる寒暖差で、このころから急に体力を消耗してしまい、体調が悪くなり始めました。国分寺には寄らず、作山古墳を目指します。

 

 作山古墳も、周辺には民家があり、現地に馴染んだ自由に散策できる古墳でした。こちらも前方部の西側の角に駐車場があり、そこからわかりやすい登り口があったことに、後から気付きました。自分が最初に辿り着いたのは、後円部の一番後に該当する部分で、そこからも小さな登り口があったのですが、誤って私有地に侵入しないように時計回りに半周してしまいました。前方部の一番端に舗装道路が通っており、その道路に接する南側のマイナーな細道から登ってしまいました。上がった雰囲気は、規模こそ異なるものの、姫路市の壇場山古墳と似ていると感じました。後円部のピークは、五枚目の画像の通りです。

 

 やや体調が悪くなる中、JRの駅ではどの駅が近いのかスマホで調べつつ歩きました。東総社駅から岡山駅へ戻ることとしましたが、最上稲荷と同様に計画していなかったのに、備中国総社宮付近へ出ることとなり、お参りしてから帰りました。ちなみに、岡山県総社市の「総社」は「そうじゃ」、兵庫県姫路市の「総社」は「そうしゃ」です。備中高松駅を出てから東総社駅に着くまで、約23キロ歩いていました。

 

 これで吉備の国の、「吉備津神社」「栄西禅師生誕地」「中山茶臼山古墳(中山御陵)」「黒住教本部」「最上稲荷」「造山古墳」「作山古墳」「備中国総社宮」等は訪れたことになります。しかし、「吉備津彦神社(備前国一宮)」、もともと黒住教の本部のあった「宗忠神社(霊地大元)」、天守が現存する城で、最も高いところにある「備中松山城(高梁城)」、「備中国分寺」と興味は尽きません。桃太郎伝説のルーツのひとつが、吉備津彦VS温羅(うら)にあるとするならば、「鬼城山(鬼ノ城)」もはずせないでしょう。

 

 

「造山古墳」

造山古墳 (tabi-mag.jp)

 

『造山古墳と作山古墳』岡山市(岡山県)の旅行記・ブログ by ドクターキムルさん【フォートラベル】 (4travel.jp)

 

【岡山古墳巡礼】 造山古墳 【岡山市北区新庄下】 | 山陰百貨店―日常を観光する― (ameblo.jp)

 

驚き!!古墳の上で花見?!岡山造山古墳は全国4位の大きさ | 岡山県 | LINEトラベルjp 旅行ガイド (travel.co.jp)

 

 

「作山古墳」

作山古墳|観光スポット | 岡山観光WEB【公式】- 岡山県の観光・旅行情報ならココ! (okayama-kanko.jp)

 

作山古墳 作山古墳分析 所在地岡山県総社市 (sakura.ne.jp)

 

墳丘に登れる全国2位の巨大古墳 ~作山古墳(総社市)~ : 御領の古代ロマンを蘇らせる会 (livedoor.jp)

 

 

「備中国総社宮」

総社宮について | 備中国総社宮ホームページ | 備中国(岡山県西部)324社をお祀りする備中国総社宮 (soja-soja.jp)

 

備中国総社宮 - Wikipedia

 

備中国総社宮は岡山のパワースポット!御朱印・ご利益は? (kinup.net)

 

まとめてお参り!岡山・総社宮の特徴は回廊と庭園にあり | 岡山県 | LINEトラベルjp 旅行ガイド (travel.co.jp)

 

備中国総社宮へ初詣 | つれづれに (ameblo.jp)

 

 

※関連リンク先

「山歩き まとめ(改)」 
https://ameblo.jp/musyaavesta/entry-12624377490.html