さて、自分の人生を振り返って恐怖を感じておる私ですが、ただいま絶賛手首故障中でして。
もうとにかく痛くて仕方がないのです。右手の親指なんて取れそう。それに加えて、両足の甲も痛みもあって、夜中目が覚めてしまうほど激痛が走る![]()
それでも一年ほどは、腱鞘炎とか老化だと諦めていましたが、あまりにも辛いのでやっとこ病院&整体に行きました。
先生が仰るには、数年前にやってしまった頸椎ヘルニアのせいらしいです。
「すべてはつながっているのです
」と宣告されました。
とにかく動かすこと。うまく身体をつかうこと。それが課題なのですが、確かに、痛かろうが何だろうが、筋トレは続けていましたし、ピアノも弾いていました。
泣きそう
となっても仕事や趣味なら忘れられるから。このまま動かなくなってしまうのは嫌だから。だから頑張って普段の生活を心がけているのです。
ところが、そこで一番辛いのが家事です。重いものが持てない。フライパンもやかんも持ちにくい。床掃除なんて激痛です。でも見えないもんだから誰も優しくしてくれない![]()
そりゃ、痛いから手伝ってと言えばやってはくれます。でもこちらは遊んでるわ筋トレしてるわお酒飲んでるわだから、どれくらい痛いかなんて理解してもらえない![]()
見えない痛みって本当に理解してもらえないんだな、と改めて思い知り、そこで思い出したのです。思い出したというより、決して忘れらないことです。
前回の男の子と同じくらいにいらした生徒さんのこと。とても真面目で可愛くて、すんごく素直な演奏をする女の子でした。
ただちょっと吃音があって、それが原因でいじめられていました。レッスンのたびに半泣きでそのことを話してくれて、私も半泣きで頑張れって言っていました。
そして、コンクールを受けるために、ある海外の先生の公開レッスンを受けるためにバスに乗っていた日のことです。
その子が小さな声で「しんどい…」と言い出して。お母さまと「大丈夫?」とか「一旦降りようか?」とか声かけしていたのですが、本人が首を振るので結局そのまま会場に到着し、レッスンを受けることが出来ました。
ところが次の日から朝起き上がれなくなり、学校へ行けなくなってしまったのです。お昼近くになれば起きられるけれど、朝は何をしてもダメ。無理して起こせば吐いてしまうし涙が止まらない。
そしてレッスンには来てくれていたけれど、それも段々休むようになってしまい、コンクールもやめました。
それ切りです。
最後のレッスンは普通でした。特別な話をすることなく、軽い会話で終わりました。
でもそれを最後に二度と会えなくなってしまいました。お母さまから様子は聞いていましたが、それも途絶えてしまい、それきり。
辛い思い出です。胸が痛くて仕方がない。どうして頑張れって言ってしまったのか、どうしてバスの中でやめようと言えなかったのか。それどころか、私はあのとき心の中で「ここで休んだら先生に迷惑をかけてしまう」と思ってしまっていました。
今になれば分かります。でもあのときは分からなかった。朝起きられないのも、起立性調節障害だったのでしょう。でもあのときは知らなかった。だからお母さんが「さぼっている」「なまけちゃって」という言葉にも同意してしまっていました。
自分が怖くて仕方ありません。
行動も言葉も消すことが出来ない。
後戻りが出来ない。
これはとても怖い。
そして私にはこんな経験がたくさんあります。
もちろん私には何も出来ません。
救えるなんて、そんなこと思ってもいません。
でも、理解は出来たはず。理解しようとする努力は出来たはずです。
心は見えません。そして見えない病気を理解することは、本当に難しいです。だから、子どもたちにはとにかく声をあげて欲しいです。そしてその声を聞いてくれる、拾ってくれる大人たちがたくさんいてくれますように。
話すことや声をあげることも大変でしょう。その環境を作る大人も簡単ではありません。でもその努力は怠らないように、常に気をつけようと思っています。
分かってくれない~と嘆くたびに、私は息子のこと、夫のこと、どれだけ理解出来ているのか。大切な友人にどれだけ寄り添えているのかと、自分に問い返しています。
そして子どもたちが声をあげられるように、これからも努めていきます。
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《町田の子供音楽教室☆Music Step Class!》
子供の興味を引きだし、演奏するチカラを
身につけます。
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